29 映画

 土曜日。電車に乗り、映画館のある商業施設に来た。エレベーターで最上階に上がり、鷹斗が端末でチケットを発券した。今は何でもスマホでできるらしい。


「兄ちゃん、何か食べようよ」

「定番のポップコーンだな」


 キャラメル味の二人分の大きなポップコーンと、コーラを買い、入場時間まで館内のソファに座って待った。

 鷹斗は俺の口にポップコーンを放り込んだ。あまりにもホイホイやってくるので、俺もお返しした。しかし、映画が始まるまでには到底食べきれないほどの量があった。

 入場し、鷹斗の後に続いて行ってみると、そこは二つの席が繋がった広い場所だった。


「何これ?」

「ペアシート。兄ちゃんと来るなら絶対ここにしようと思って」


 鷹斗は俺に小さく耳打ちした。


「こっそりキスもできるかもよ?」

「バカ。しねぇよ」


 普通の席より上質なクッションなのだろうか。俺の記憶よりもシートは心地よく、深く沈んだ。館内の室温は丁度よかったが、鷹斗がブランケットを借りてきて、二人でそれを膝にかけた。

 照明が落とされ、上映が始まった。鷹斗はブランケットの中で手を握ってきた。そのまま俺たちは映画を観た。大学生が主人公の恋愛もので、途中ヒヤヒヤする場面はあったものの、ハッピーエンドで終わった。


「あー面白かった! 兄ちゃん、どうだった?」

「ヒロインの女の子が可愛かったな」

「えっ、そこ? ストーリーの話をしてるの!」


 鷹斗の興奮は収まらないようで、映画館の一つ下の階にあったパスタ屋で、注文の品が来るまで彼は喋り通していた。外食するのもすっかりこわくなくなったな、と思いながら、俺はカルボナーラを食べた。


「やっぱりさぁ、世間では一般的に認められない関係って燃えるじゃない? あの子たちもそうだと思うんだよな」

「……だから鷹斗は兄ちゃんが好きなのか?」

「いや? よその子に生まれてたとしても兄ちゃんに惹かれてたと思う」


 こんな会話をしていても、この店に居る他の客たちは、俺たちが兄弟だとは思っても、恋人とは思わないに違いない。いや、俺たちは本当に恋人なのだろうか。ミナの言葉に惑わされている自分が居た。

 タバコを吸いたかったので、一度映画館に戻り、喫煙所に行った。鷹斗は先ほどの映画をよっぽど気に入ったのだろう。吸い終わるとパンフレットを買っていた。


「なあ、せっかくここまで着たし、兄ちゃんの服買おうよ。十年間同じの着てるだろ」

「いや、いいよ……」

「全部僕が選んであげるから。さっ、行こう」


 俺はマネキン状態になり、あれこれ服を買う羽目になってしまった。もう春物のセールが始まっており、シンプルなシャツやカーゴパンツを鷹斗は選んだ。俺には服のセンスがよくわからない。多少ダサくても着られればそれでいいのだが。

 大きな紙袋を提げて俺たちは帰宅した。この際だからと鷹斗は俺のクローゼットを引っ搔き回し、もう着ていない服をゴミ袋に詰めていった。俺はその間、新品のタグを切り、ハンガーにかけた。

 ミナから連絡が来た。月曜日に会いたいという内容だった。俺はそれに素早く返信した後、履歴を削除した。


「兄ちゃん、夕飯どうする?」

「今日は何か頼もうか」

「僕さ、カレー食べたい。ナンついてるやつ」

「いいね」


 宅配でインドカレーが届いた。ナンは折りたたまれていて、広げるとぎょっとするような大きなサイズだった。俺は食べきれなくて、鷹斗に一部よこした。容器を片付け、タバコを吸いながら、鷹斗はまた映画の話をした。


「脇役の存在が大きいと思うんだよ。あの人居なかったら話進まないでしょ?」

「いい俳優さんだったよな。主張しすぎず、しっかり脇を固めてる感じで」

「だよね。僕、もう一回観たくなってきた。円盤出たら買おうっと」


 シャワーを浴びながら、入念に準備をさせられた。いつの間にか、鷹斗に抱かれることの方が多くなっていた。彼は元々そちらの方が好きなのだろう。俺は流されるがままだ。

 ベッドで四つん這いにさせられ、鷹斗はこう言った。


「本当にやめて欲しかったら、殺してって言って。それまでやめないからね」


 鷹斗は俺の尻を平手で叩いた。まだ弱い。耐えられる。俺の様子を見ながらか、少し間を置きつつ手が飛んできた。


「いたっ……」

「痛い? 可愛い」


 自分では見えないが、真っ赤になっているであろうことはわかった。鷹斗の表情もわからないが、きっと歪に笑っているのだろう。彼が楽しければ、それでいいと思った。俺は最後まで殺してとは言わなかった。


「志鶴、よく頑張ったね。ご褒美」


 鷹斗はふんわりと優しいキスをしてくれた。俺は全身に力を入れていたせいか、汗をかいていた。そこからなだれ込むように交わった。

 正しいとか、間違っているとか、もうそんなのは関係ない。これが俺たち兄弟の在り方なのだと思った。

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