26 ありのまま

 あれから週に二、三度のペースでミナは俺の家にやってきた。彼女を抱くのにもすっかり慣れてしまい、痕跡を残さないよう注意を払うのみだった。

 情事は俺のベッドで行った。鷹斗と同じ場所ではしたくなかったのだ。ある日、終わって俺の髪をもてあそびながらミナが言った。


「わたしね、バイト始めたの。お金が貯まったら、一人暮らしする。それで、しづくんを養ってあげる。弟さんから救いだしてあげる。それまで待ってて」

「俺は……俺の意思で、弟としてるよ」

「ううん。暴力で洗脳されてるだけ。しづくんのことを本当に守ってあげられるのはわたしだよ」


 お金が貯まるのも、相当時間がかかるだろう。俺は本気にしていなかった。それに、俺だって働くことを考え始めた。学歴不問のバイトからやってみるのだ。

 とはいえ、動くのは気が重かった。毎日、絵を描いて、料理をして、たまにミナと会うといった日々だった。

 正直、今の状態が楽だった。鷹斗もミナも俺を求めてくれている。ありのままの俺を認めてくれている。

 社会に出れば、そうはいかない。空白の十年間をまず説明せねばならないし、他人の指示を聞いて動くということが果たしてできるのか疑問だった。

 そんなことをあれこれ考えながら、ミナのつるりとしたお尻を触っていると、彼女はキスをしてきてから、また語りだした。


「こうしてまた、しづくんと出会えたのって、運命だと思うんだ。わたしにはやっぱりしづくんが必要なの。しづくんにもわたしが必要だよ」

「運命、ねえ……」

「そうだよ。本当に結ばれるために一度別れたんだと思うの。今ね、わたし、凄く幸せ。後は弟さんから引き剥がすだけ」

「引き剥がすって、そんな」

「しづくんは、弟さんのことを好きだと錯覚してるだけ。わたしと毎日一緒に居られるようになれば、それも覚めるよ」


 ミナは繰り返し、そんなことを言った。そのうちに、俺も揺らいできた。鷹斗を愛する気持ちに偽りはないと思っていたのだが、それは果たして兄弟愛を超えたものなのだろうか。

 俺は鷹斗に許したときのことを思い返していた。あの時は、俺にできることは彼の望みを叶えることだけだと思って受け入れたのだ。

 本当に俺は、鷹斗を男として見ているのか。ミナの言うとおり洗脳されているだけなのではないか。

 俺は、俺の気持ちがわからなくなった。それがこわかった。紛らせるために、絵を描いた。ひたすらに描いた。

 そして、俺が安心して社会と繋がれるのは、やはりネストのグリーンだった。


「志鶴さん、こんにちはー!」

「シホさん、こんにちは」

「あーこさんの個展、行かれるんですって? 羨ましいなぁ」

「弟と行くんです。今から楽しみです」


 シホさんからは、水彩画のアドバイスももらうようになっていた。俺の絵はめきめきと上達していた。フォロワーも五百人を超えた。

 グリーンでは、リスナーといって、聞いているだけの人も存在する。俺とシホさんが絵描き談義をするのを、何人ものリスナーが聞いているという状況もあった。

 絵描きの世界では、俺は羽ばたいていられた。自由に空を飛び回り、様々な花の上に止まった。


「そういえば、志鶴さんっておいくつ?」


 ある日、シホさんに聞かれた。


「二十七歳ですよ」

「そっかぁ。私も早くに子供産めてたらそのくらいの年齢なんですよね。ふふっ、だからでしょうね。志鶴さんに構いたくなるのは」


 シホさんの絵や声からは、母と同じくらいの歳だとは思わなかった。もっと若いのだと感じていた。


「いつもありがとうございます、シホさん」

「こちらこそ、ありがとう、志鶴さん」


 あの日、思いきってグリーンに参加してみて良かった。シホさん、そしてあーこさんたちの存在は、俺にとって大きいものとなっていた。

 鷹斗が帰ってくれば、俺は精一杯兄としてやれるだけのことはした。料理も凝ったものに挑戦するようになった。


「兄ちゃん、ただいま。今夜は何?」

「肉じゃが、作ってみた。味濃くなっちゃったけど……」


 一口食べると、鷹斗は目を丸くした。


「美味しいよ。確かにちょっと濃いけど、ご飯が進む。兄ちゃん、本当に上手くなったね」

「鷹斗のためだからな。兄ちゃんこれからも頑張るよ」


 その夜は、俺だけ裸に剥かれて目隠しをされた。鷹斗の視線だけを肌に感じ、次に何を言われるのか、何をされるのか、ぞくぞくしながら待った。


「兄ちゃんって本当に綺麗。汚し甲斐があるよね」


 鷹斗の舌が俺の上を這った。視界を奪われ、敏感になった身体は、いつもより激しく反応した。


「ひっ……やめて……」

「やめない」


 あらゆるところを蹂躙され、俺はびくびくと身体をのけ反らせた。鷹斗が笑ったような気がした。いきなりずぷりと侵入され、俺は大きな声をあげた。

 交わっている間は、鷹斗に対する想いを細かく考える余裕が無かった。ただ、快楽に身をゆだねているだけだった。

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