25 隠し事

 ミナが帰ってしまってから、俺はソファに寝転がり、熱を冷ましていた。彼女は様々な手を尽くして俺を満足させてくれた。

――で、どうした志鶴。何かわかったのか。

 自問自答してみる。出て来たのは、鷹斗もミナも手放したくないというワガママな答えだった。

 鷹斗に対する罪悪感はあった。彼は真っ直ぐに俺だけのことを見ている。しかし、ミナとの関係をバレずに続けることは不可能ではないのではと思った。


「……最悪だな、俺」


 立ち上がってタバコを吸った。どのみちやってしまったことは変えられない。隠し通すのみだ。煙を吐き出し、一人で笑った。

 罪滅ぼしをするかのように料理をした。といっても鍋だ。鷹斗の帰る頃に出来上がるよう調整して作った。


「兄ちゃん、ただいまー!」

「おかえり鷹斗。鍋、すぐ食えるよ」


 今日は魚介だ。締めの雑炊も俺が作った。卵の固まり具合もそこそこ上手くいった。


「あー、やっぱり新年一発目は疲れたよ。挨拶回りもしなきゃいけなかったしさ。兄ちゃん、何してた?」

「絵、描いてたよ」


 本当のことは言っていないが嘘もついていなかった。これなら何とかなる気がした。


「あれ? 外は出なかったの? 靴の位置ずれてたけど」

「ああ……ちょっとだけ散歩して、缶コーヒー飲んでた」


 そんなところまで見ていたのか。ミナと続けるのなら、ますます慎重にならないとと気を引き締めた。

 片付けをしてから、鷹斗にタバコを持たせ、絵を描いた。デッサンの練習を重ねていたせいか、淀みなく手を動かすことができた。


「ねえ、兄ちゃん。兄ちゃんは僕のこと好きだよね?」

「どうした、急に」

「なんかさ、兄ちゃんが遠くに行っちゃう気がして、こわくなった」

「どこにも行かないよ」


 俺は手を止めて、鷹斗を抱き締めた。ミナを抱いたばかりのこの腕で。彼女は言った。弟への想いはまやかしだと。俺はそうは思えなかった。

 確かに、最初はなし崩し的に始まったかもしれない。鷹斗の押しに負けただけかもしれない。けれど、今は。


「鷹斗。好きだよ。ずっと側に居るから」

「兄ちゃん……好き……」


 むさぼるようにキスをした。そのままの流れでベッドに行った。

 終わってシャワーを浴びながら、俺は思いきったことを言ってみた。


「絵の個展に行ってみたいんだけど、ダメかな」

「個展?」

「うん。ネストで知り合った女の人でさ、こっちで個展するの」

「絵を見たいだけだよね? 女に会いに行きたいわけじゃないよね?」

「もちろんだよ」


 実はあーこさん自身にも興味はあったのだがそこは内緒だ。


「でも、兄ちゃんだけで行かせるのは心配だな……僕も一緒ならいいよ」


 髪を拭いて、俺はあーこさんのアカウントを鷹斗に見せた。


「へえ、なかなか綺麗な絵だね」

「だろ。直接見てみたいと思ってさ」

「うちからだと電車だね。兄ちゃん、高校以来電車乗ってないだろ。兄ちゃんの分のICカードも買っとくよ」


 俺はあーこさんにダイレクトメールを送った。いついらっしゃるのか知るためだ。何通かやりとりをして、最終日の午前中に行くことにした。弟も一緒だと添えると、こんな返信がきた。


「あの天使の弟さん!? めちゃくちゃ楽しみです。気をつけてお越し下さいね!」


 鷹斗にそのメールを見せると、彼は吹き出した。


「なんか、僕に対する期待値、無駄に上がってない?」

「まあ、いいじゃないか。本当に鷹斗は綺麗なんだから」


 二人でタバコを吸ってから、ベッドに寝転び、髪を撫で合った。まだ寝るには早い時間だった。鷹斗が言った。


「前の家に居たときは、家族四人で寝てたよね」

「そうだったな」


 俺たちは元々、アパートに暮らしていた。俺が小学生になるタイミングで、両親は今の家を買い、引っ越したのだ。


「鷹斗の寝相が悪くて、父さんが入るの諦めてキッチンで寝てたりしたんだぞ」

「えー、そうだっけ?」

「そうだった」


 俺は鷹斗の頬をむにむにとつまんだ。


「僕、父さんとはもっと仕事の話すればよかった。相談したいこと、たくさんあるんだ。父さんだったらどうするだろう、って思うことよくあるよ」

「そっか……ごめんな。兄ちゃん、そういうのは力になれないから」

「いいって。その代わりにちゅーしてよ」


 お望み通りキスしてやると、鷹斗ははにかんだ。本当は、仕事の話も聞いてやりたい。頼れる兄でありたい。

 やはり俺も、社会に出るべきだと思った。中卒だから、まともな仕事にはありつけないだろう。それでも、働いて、苦労して、鷹斗の気持ちを少しでもわかってやれるようになりたかった。


「兄ちゃん。今日は僕が寝るまで起きててよ。先に寝たら怒るからね」

「わかった。ほら、おいで」


 鷹斗は腕の中に収まった。そのまましばらく黙っていると、寝息が聞こえてきた。可愛らしく閉じられたまぶたに口づけて、俺も目を瞑った。

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