24 ミナ

 鷹斗の仕事が始まり、俺も現実に引き戻された。また、一人の時間が始まる。今までは何ともなかったのに、あれだけ甘い日々を過ごしてしまうと、世界にぽつんと取り残された気分になった。

 それを振り払うために、絵を描いた。冷蔵庫の野菜を出してきて、デッサンの練習をした。

 シホさんのグリーンにも参加した。


「志鶴さーん! 明けましておめでとうございますー!」

「今年もよろしくお願いします」

「あーこさんも来た!」

「お二人とも、明けましておめでとうですー!」


 早速、絵の話で盛り上がった。あーこさんは、新しく個展の準備をしているそうで、買いやすい値段の小さな作品に力を入れているとのことだった。

 しかも、場所は電車で行けなくない距離だ。ますます興味が沸いた。実際に、あの絵をこの目で見てみたい。


「私、関西から出ることあんまり無いんで、貴重ですよ」

「わー、行きたいなぁ! でもさすがに遠いかな」

「シホさんってどこ住んではるんでしたっけ?」

「札幌よー」

「そら遠いですねぇ」


 シホさんがお昼にするというので、今回のグリーンは短時間で終わった。俺も昼食にしよう、と冷蔵庫をあさった。うどんにした。

 まだ人恋しかった俺は、ミナに連絡した。彼女とはすぐに落ち合った。また、あの公園だ。


「しづくんから呼んでくれるなんて、嬉しいな」

「うん。誰かと話したくてさ」

「あっ、誰でもいいんだ」

「そういう意味じゃないよ」


 ミナにはそう弁解したが、誰でもいいのは事実だった。彼女も無職で家も近い。都合がいい存在だった。


「しづくん、年末年始はどうしてた?」

「弟とダラダラしてた。初詣には行ったよ」

「わたしは親戚付き合い。働いてない、って言ったら、早く結婚しろだの子供産めだの、うるさくて仕方なかったよ」

「女の子は大変だね」


 雪が降ってきた。ミナは空に両手をかざした。


「わあ……綺麗だね、しづくん。だけど寒いね」

「外で話すのも限界かもな」

「じゃあさ、今からしづくんの家行ってもいい?」


 俺はすぐに返答できなかった。ミナを家に入れたことが鷹斗にバレれば、また殴られるだろう。しかし、彼女ともっと話したい気持ちの方が勝った。


「……いいよ。ちょっとだけな」

「やったぁ!」


 時刻は昼の二時過ぎだった。十分余裕があるだろう。俺はミナをリビングに通した。彼女は俺の両親の遺影にまず近付いて、手を合わせた。


「お二人とも亡くなったの?」

「うん。自動車事故で一気にね。本当に突然だった」

「大変だったんだね」

「まあ……その後のこととかは、全部弟がやってくれたから」


 それからミナは、ダイニングテーブルの上の灰皿に気付いた。


「しづくん、吸うの?」

「うん。弟につられてね」

「実はわたしも吸うんだ。一本ちょうだい」


 ミナはぽってりとした唇にタバコをくわえた。まだ幼さの残る横顔。煙を吐く様子はとてもアンバランスだと感じた。

 吸い終えたミナは、ソファに座った。俺もその隣に腰かけた。すると、彼女の手がすっと伸びてきて、俺の太ももに触れた。


「しづくんと居ると、安心するなぁ」

「……そうなんだ?」

「家で居場所が無いからさ。わたし、しづくんとずっと一緒に居たい」


 そして、ミナは頭を俺の肩に乗せてきた。


「わたしたち、やり直そう?」

「ミナ……」


 ミナになら、いいだろう。俺は本当のことを話すことにした。


「実はさ。俺……弟のものなんだ。セックスしてる」

「えっ?」

「弟が、俺のこと、好きだったみたいで……」


 これまであったことを、包み隠さず話した。ミナは時折相槌を挟みながら、最後まで聞いてくれた。


「だから、ミナとは付き合えない。ごめんな」

「……でもさ、それって本当の性愛なのかな? 弟さんの方が力関係では上なわけでしょ? 逆らえないだけでしょ?」

「それは……」

「そうだよ。だって、しづくんは本当は女の子が好きでしょう? その証拠に、わたしと付き合った」

「うん……」


 ミナは俺にのしかかり、唇を奪ってきた。


「抱いてよ、しづくん。そうしたら、ちゃんとわかるはず。弟さんへの想いはまやかしだって」

「でも」

「わたし、とっくに処女じゃないよ。本当はしづくんにあげたかったけどね。中学生だったもんね」

「なあ、ミナ……」

「好きなの。収まらないの。お願い、しづくん」


 ミナはまたも唇を重ねてきた。俺は抗えなかった。舌を絡ませ、強く吸い合った。本当に、彼女を抱けば、何かがわかるとでもいうのだろうか。

 結局、俺は欲望に流された。自分のベッドへ行き、ミナの服を脱がせた。下着姿になった彼女の左腕に視線がいった。


「ミナ、それ……」

「ああ、これ? 昔の。今はしてないよ」


 それは、ズタズタに切られた痕だった。俺はその線を指でなぞった。


「しづくん。今のわたしを見てよ」


 ミナは俺に覆い被さり、鎖骨を舐めてきた。鷹斗とは違う、柔らかな女性の肉体に、俺はずぷずぷと溺れた。

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