23 年末年始

 肩を叩かれて起きた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。


「兄ちゃん、おはよう」

「おはよう……」

「僕、ここで寝ちゃってたんだね。ごめんね」

「あー、身体痛い」


 俺はぐるぐると腕を回し、首を左右に傾けた。


「くふっ。兄ちゃん、冬休みだし、朝から楽しいことしようよ」

「えー?」


 鷹斗はどこまでも貪欲だった。俺は悶えさせられ、情けなくあえいだ。


「鷹斗っ、キツい……」

「本当にー? 続けてたら良くなるかもよ?」

「ダメだってばぁ……」

「腰、動いてるよ? そんなので言われても説得力ないなぁ」


 耳に息を吹き付けられ、俺の身体は震えた。痛みも快感も、その境がよくわからなくなっていた。


「じゃあ、こうしようか、志鶴。本当にやめてほしいときは、殺してって言って。そうしたら、さすがにやめてあげる」

「わかった……」


 鷹斗の攻めはじっくり昼まで続いた。昼食はカップ麺を食べた。一服しながら、鷹斗が言った。


「ゴム無くなりそうなんだよね。いっぱい使うだろうし、一緒に買いに行こうか」

「ええ……男二人で?」

「いいじゃない。どのみち夕食も無いしさ。コンビニ行こうよ」


 鷹斗は何のためらいもなくカゴにコンドームを入れた。俺はその横にパスタを入れた。他にも炭酸飲料なんかを買った。俺は恥ずかしくて、先にコンビニを出て待っていた。

 吹きすさぶ風は強く、俺の髪をバサバサと揺らした。束ねておけば良かったと思いながら、前髪をかきあげた。


「兄ちゃん、寒いねー」

「ああ。年末って感じだ」

「母さんのお蕎麦とか、お雑煮とか、もう食べられないのかぁ……」

「レシピ教わっときゃ良かったな」


 これからも、折に触れて、両親を亡くしたことを改めて実感するのだろう。でも、鷹斗が側に居てくれるのなら、何もこわくない。

 どちらからともなく、手を繋いだ。家までの短い道だ。見られたって構わない。鷹斗の温もりが、俺を勇気づけてくれた。

 帰宅して、鷹斗がトイレに行っている間に、ネストを見た。フォロワーが一気に増えていた。何事かと思ったら、天使の鷹斗を描いた絵がやたらと拡散されていた。

 シホさんからも、メッセージがきていた。


「とても美麗で素敵です! ずっと見つめていたいくらい!」


 お礼を返信したところで、鷹斗が戻ってきた。


「どうしたの? ニヤニヤして」

「ニヤニヤしてたか?」

「うん。兄ちゃんわかりやすいもん」


 ミナにも同じ事を言われたな、と思いながら、俺はスマホの画面を見せた。


「ネストっていうのに投稿してんの。この前の絵、評判良くてさ」

「へぇ……兄ちゃんいつの間にネストなんてやってたの」

「絵を描き始めてからだよ」

「くれぐれも、ネスト通じて誰かと会ったりしないでよね」

「そんなことしないよ」


 鷹斗もスマホを取り出した。


「僕もネストにアカウント作る」

「えっ?」

「監視しときたいもん」


 これはうかつにメッセージのやり取りができなくなったな、と思いながら、俺は黙って鷹斗の作業を見ていた。

 案の定、鷹斗はシホさんとのやり取りに突っ込んできた。


「この女、何」

「ああ……少女を描くのが上手いよね」

「なんか馴れ馴れしくない?」

「そうかなぁ」


 鷹斗は頬を膨らませ、俺を睨み付けた。


「女なんかに行かないでよね。そしたら、兄ちゃん殺して僕も死ぬから」

「おいおい、物騒だな」


 平手で頬を一発叩かれた。


「本気だよ」

「はい……」


 もし、ミナに会っていることがバレたら、この程度では済まないだろう。俺はこっそり彼女との履歴を削除した。

 それから俺と鷹斗は、昼も夜も求め合った。新しいダブルベッドも届いた。腹が減れば食べて、眠くなったら寝て、吸いたくなったらタバコに火をつけて。

 カウントダウンはソファで横並びになり、テレビを観ながら過ごした。新年になった瞬間にキスをした。


「今年もよろしくな、鷹斗」

「うん。兄ちゃん、大好き」


 そのまま俺たちは、近所にある小さな神社に行った。出店なんかもないような、本当に小規模なところだ。しかし、新年ということもあり、何人かの人々とすれ違った。


「兄ちゃん、何お願いする?」

「まずは神様への感謝だろ。あと、お願い事は口に出しちゃいけないんだぞ」

「はぁーい」


 俺は、自分と鷹斗の健康を祈願した。それだけは、努力だけではどうにもならないからだ。鷹斗もきっと、俺のことを願ってくれているんだろうと思った。

 帰りにコンビニに寄り、肉まんを買って、歩きながら食べた。外に出ることもすっかり慣れた。今年はさらに積極的になれるだろうか。


「あーあ、休みもあと三日かぁ。もっと兄ちゃんと居たいのに」

「もう充分一緒に居ただろ?」

「まだ足りないの。兄ちゃんはそんなことないんだ。ふーん」

「拗ねるなよ」


 帰宅して、ミナから新年の挨拶が来ていたことに気付いた。鷹斗の目を盗んで返信した。それからの三日間も、俺たちはたっぷりと二人の時間を楽しんだ。

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