22 ずっと
一人、目を覚ました。太陽はとっくに上の方に昇っていた。リビングに行くと書き置きがあった。
「昨日は良かったよ。よく身体を休めてね。明日からは冬休みだから、二人でゆっくりしようね」
身体は痛かったが、それ以上に充実感があった。本当の意味で、鷹斗の願いを叶えることができたのだ。
俺はタバコに火をつけ、昨日の熱を思い返していた。全身に残る鷹斗の感覚が、あれは夢では無かったのだと思い知らせてくれた。
昨日のケーキを食べ、絵でも描こうかなと思っていたとき、連絡が入った。ミナからだった。
「今日、公園来れる?」
「うん。何なら今すぐにでも」
「オッケー。わたしもすぐ向かうね」
俺の方が先に着いた。コーヒーを買って、ベンチに座り、ミナを待った。数分のち、彼女はホットレモンのペットボトルを持って現れた。
「お待たせ。しづくん、良いことあった?」
「どうして?」
「顔に書いてるよ。しづくん、わかりやすいもん。変わらないね」
俺の隣に腰かけたミナは、足を組んだ。細いデニムを履いていて、彼女の華奢な身体がよくわかった。
「昨日って、弟さんも誕生日だったんだよね?」
「そうだよ。よく覚えてるね」
「中学のときのしづくん、弟さんの話ばっかりしてたもん。今も仲良いの?」
「うん。うちさ、父さんと母さんが亡くなってさ。二人で生活していこうって、色々やってるとこ」
「そう……ご両親、亡くなったんだ」
ミナはホットレモンをこくりと飲んだ。風が吹き、枯れ葉が舞った。
「わたしは親の世話になりっぱなしだよ。就活するにも、こわくてさ」
「俺も弟に世話になってる。家のことだけすればいいって言われてるけどね」
「いいなぁ。わたしは早く次の職見つけろって毎日言われてるよ」
それからミナは、前に勤めていた仕事のことを話した。銀行員だったらしい。人間関係に疲れてしまい、胃腸を壊したのだとか。今は症状は治まっているとのこと。
「お金は欲しいけど、人と話したくないの。あっ、しづくんは別だよ」
「俺もミナと話すのは楽しいよ」
「良かった。高校に入ってから、お互い何となく連絡取らなくなっちゃったじゃない? 勿体なかったなぁって思ってる」
ミナは丸い瞳で俺を見つめた。中学のときと変わらないあどけなさがそこにあった。この瞳が好きで、俺は告白したのだった。
「しづくん。これからも、こうして呼び出していい?」
「ああ……弟が居ないときなら、いいよ」
「えっ? なんで?」
「あまり外に出るなって言われてるんだ。明日から弟、冬休みだから、今年はもう会えないかな」
「そっかぁ。じゃあ、よいお年を、かな?」
ミナは立ち上がり、歯を見せて笑った。
「うん。よいお年を」
帰宅してから、俺はタバコを吸い、それから絵に取りかかった。鷹斗の上半身の裸体にポインセチアの赤がよく映えた。いっそ、あーこさんの絵みたいに天使にしてしまうか。俺は羽根を生やした。
絵が出来上がり、それをネストにあげて、夕食の準備をした。今日は牛肉を焼いてタレをかけただけの焼肉丼だ。俺はまだ、味付けには自信が無かった。和食も作ってみたいのだが。
「ただいまー! 一年やっと終わったー!」
「お疲れさま、鷹斗。よく頑張りました」
鷹斗は缶ビールを買ってきていた。今夜のメニューには丁度いい。明日からは休みということで、鷹斗は遠慮無く飲んでいた。
食後、俺は鷹斗に絵を見せた。彼は吹き出した。
「僕、天使になっちゃってるし」
「まあ兄ちゃんの天使だしな」
「もう。僕なんて、そんなに清い存在じゃないよ?」
缶ビール片手に、俺たちはソファでくっつき始めた。
「もうさ……今日も課長に吊し上げられてさ……確かに僕は仕事できてないよ?
でも、大勢の前で怒るのはやめてほしいよねぇ……」
「そっか。辛いな」
「僕なんて、同期の中じゃ出遅れてるからさ……」
「ごめんな、兄ちゃんのせいだろ?」
「違うよ。単純に僕の能力の問題。はあ、僕、自分のこと嫌い」
俺は鷹斗の髪をわしゃわしゃとかいた。
「そんなこと言うなよ。兄ちゃんにとっては自慢の弟だぞ?」
「ありがとう。僕の存在を認めてくれるのは、兄ちゃんだけだよ……」
酔いが回ってきたのか、甘えたいだけなのか、鷹斗は体重をかけてきた。俺は腰をずらして座り、受け止めた。
「兄ちゃん、僕のこと、離さないで。ずっと側に居て……」
「わかってる。兄ちゃんは、ずっとずっと、鷹斗と一緒だ」
鷹斗が缶を落とした。中身が少しだけこぼれ落ちた。見ると、俺の腕の中で、彼は眠ってしまっていた。俺はソファに横たえさせ、床を拭いた。
さて、どうしたものか。俺の筋力では鷹斗を運べない。目覚めるまでここに寝かせておくしかない。
俺は床に寝転がった。鷹斗は段々いびきをかきはじめた。相当疲れていたのだろう。俺も酒が入っていたので、そのまま目を閉じた。
考えていたのは、「ずっと」の意味だった。死がふたりをわかつまで。そんな言葉が思い浮かんだ。俺と鷹斗の間に、そんな永遠はあるのだろうか。自信が持てずにいた。
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