21 クリスマス・イブ

 迎えたクリスマス・イブ。鷹斗を送り出してネストを見ると、昨日あげた鷹斗の絵が拡散されていた。ハートも多くついていた。履歴を辿ってみると、最初に拡散したのはあーこさんだった。

 予想外の反響に驚きながらも、俺はまた、絵を描いた。昨日の続きだ。何か添えたい、と思った俺は、ポインセチアを描き加えた。

 ずっと座っていたので、腰が痛くなってきた俺は、少し散歩しようと思い立った。小銭入れとカギとスマホだけを持って、自動販売機まで行くことにした。

 家から一番近い自動販売機は、歩いて五分ほどの公園の側にあった。先に黒いボブヘアーの女性が買おうとしていたので、それを待った。彼女は缶を取り出して振り向くと、あっと声をあげた。


「……しづくん?」

「えっ?」

「しづくんだよね。わたし……」

「ミナ?」

「そう、美奈子だよ!」


 忘れるはずがない。ミナは、中学生のときにできた、初めての彼女だったのだから。


「久しぶり、だね。凄く髪、伸びたね……」

「ああ、うん」

「あっ、何か買うんだよね?」

「コーヒーでも買おうかなって」


 俺はさっさとボタンを押した。ミナは言った。


「少し話さない? 公園行こうか」


 断れるはずなんてなかった。俺はミナと並んでベンチに座った。


「その……ミナは髪、切ったんだね。ロングのイメージだったから」

「高校のときに切って、そこからずっとボブだよ。しづくんはどうしてそんなに伸ばしてるの? 仕事は?」

「実はさ。高校中退して引きこもってた。今無職。だから伸ばしっぱなしなだけ」

「そっかぁ……わたしもね、会社やめたとこ」


 ミナとは中学二年生のときに付き合った。軽く触れるだけのキスをした。高校が分かれて、自然消滅してしまった。


「お互い、無職だね。あはっ、何だかおかしいの」

「だな。ミナはまだいいよ。俺なんて働いたことないもん」

「そういえば、今日誕生日だよね? おめでとう」

「ありがとう。よく覚えてたね?」

「初めての彼氏の誕生日だもん。イブになる度、意識はしてたよ」


 ミナは中学生の頃と比べて、ぐっと大人っぽく成長していた。今はメイクはしていないのだろう。しかし、ぱっちりと開いた二重の目がとても可愛らしかった。


「ねえ、しづくん。連絡先交換しようよ。無職同士、また話そう?」

「うん、いいよ」


 俺はミナと別れた後、足取りが重くなるのを感じた。帰るのか、あの家へ。こんな気分になるのは初めてだった。もっと彼女と話していたかった。

 しかし、今日はクリスマス・イブだ。鷹斗もそれを楽しみに仕事を頑張っているはず。他にどこへ行くあてもない。俺は足を動かした。

 帰宅して、サラダを作り、ラップで閉じた。本当は、食べるギリギリになってからした方がいいのだろうが、身体が動くうちにやってしまいたかったのである。

 それから、自分の部屋のベッドで、ただ天井だけを見つめ、夜になるのを待った。


「兄ちゃん! ただいまー!」


 袋を三つ提げて、鷹斗が帰宅した。チキンとケーキ、あと一つは何だろう。彼がスーツから着替える間に、俺がテーブルをセッティングした。残りの一袋はシャンパンだった。


「じゃあ、兄ちゃん、誕生日おめでとう、アーンド、メリークリスマス!」


 俺たちはグラスを打ち鳴らした。鷹斗は早いペースでシャンパンを飲んだ。


「おいおい鷹斗、酔うぞ?」

「多少酔ってる方がいいじゃない。こんな夜なんだからさ」


 それから鷹斗は思い出話を始めた。


「小学生のときさ、サンタからはゲーム機で、親からはソフトだったよね」

「そうそう。やりすぎて充電ケーブル隠されたっけ」

「それを兄ちゃんが探し出してさ」

「夜中に兄ちゃんの部屋でこっそりやったよな」


 チキンとサラダを食べ終わった後は、ケーキの登場だ。チョコレートのホールケーキで、サンタクロースとヒイラギの飾りがついていた。鷹斗は叫んだ。


「あー、うまっ!」

「ケーキなんて久しぶりだな。うん、美味い」


 さすがに多かったので半分残した。明日の朝食にすることにした。


「さーてと。兄ちゃん、心の準備はできてる?」

「うん……まあ、な」

「じっくり楽しもうね?」


 シャワーで丹念に洗われた後、髪を拭いて、鷹斗のベッドに来た。俺は身体中をまさぐられた。もう触れられていない場所など一つも無いくらいに。


「四つん這いになって」

「顔……見えないと、こわい」

「そっか。じゃあ仰向けになって」


 鷹斗は俺の額からこめかみ、頬へとキスを落とした。そうしながら、指を動かしてきた。


「力抜いて。そう。大丈夫だよ」


 遂に鷹斗が俺の中に入ってきた。思わず彼の背中にしがみついた。ゆっくり、ゆっくりと、奥まで。


「志鶴……苦しくない?」

「うん。動いて、いいよ。鷹斗の好きにして」

「わかった」


 鷹斗の言っていたとおり、記念になる夜だった。俺の嬌声が部屋に響き渡った。何度も何度も鷹斗の名前を呼んだ。髪も肌も汗に濡れ、俺は身体の芯から幸福を感じた。

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