20 前夜
スーパーに行くくらいの外出なら鷹斗に許された俺は、二日に一回のペースで買い物に行った。
ちなみに、初めて作ったぐちゃぐちゃのオムライスの画像は、なぜか受けが良く、シホさんからも可愛いとコメントがきた。
その日は朝から絵を描いていた。画材が届いたのだ。鷹斗の絵に色をつけた。水彩画なんて美術の授業以来なのだが、自然と筆が動いた。
昼食を食べ終えた頃、シホさんがグリーンを開いているのに気付いた。まだ参加者は居なかった。
「こんにちは、志鶴さん。喋ります?」
「……どうも。こんにちは。シホさんに教えていただいた画材で今描いてます」
「本当に? できたらまた載せてください! 何描いてるんですか?」
「弟を」
「弟さん居るんだ」
「よくモデルになってくれますよ」
「へー、仲良いんですね!」
すると、新しく知らないアイコンの人が入ってきた。シホさんのフォロワーだろう。
「あっ、あーこさん! こんにちは!」
「シホさんこんにちはー! 志鶴さんは初めましてやね。よろしくお願いしますー!」
あーこさんという人にはなまりがあった。関西の人なのだろうか。
「シホさん聞いてよ。この前の話の続きやねんけどね、やっぱり猫やってん」
「それで、どうしたの?」
「役所の人呼んだわ。出してもらったら、ぴぃーって逃げて行った。あっ、ごめんね志鶴さん。何の話かわからんよね」
「いや、いいんですよ」
「うちの家の屋根から変な声するから、とうとうお化け出た! って騒いどったんですよ。そしたらシホさんが、猫ちゃうかって」
間違いない。関西人だ。俺は新鮮に思った。
「シホさんに話してみて良かったわぁ。寝られへんところやった」
「志鶴さん、あーこさん面白いでしょう?」
「ええ」
「せや、志鶴さんフォローさせてもらいますね」
「あっ、俺もあーこさんフォローします」
俺はあーこさんの過去の投稿を見ていった。天使をモチーフとした水彩画がメインで、とても幻想的な雰囲気があった。
「ぷふっ、志鶴さん、オムライス失敗したん?」
「そうなんですよ」
「わたし、料理の失敗画像見るん好きなんですよね。拡散しとこ」
「あっ、ちょっと」
「あははっ!」
シホさんとあーこさんはコロコロと笑いだした。それから話は猫のことに戻り、今ごろどうしているんだろうね、等と語り合った。
グリーンを終えてから、俺は改めてあーこさんのプロフィールを見た。峰岡亜子という名前で個展も開いているレベルの人だった。
やっぱりグリーンはいい。こうして新しく人と繋がれる。俺はあーこさんの絵をしげしげと眺めてから、途中だった鷹斗の絵に手を加え、完成させた。
それを撮ってネストにあげ、夕食はクリームシチューを作った。鷹斗の好物だ。レタスをちぎってミニトマトを乗せたサラダも添えた。
「兄ちゃん、ただいま」
「お帰り。今日もお疲れさま」
鷹斗は靴も脱がずに俺に抱き付いてきた。
「もう、今日は散々だった。早く兄ちゃんのご飯食べたい」
「クリームシチューだよ。さっ、手ぇ洗ってきなよ」
多めに作っておいて良かった。鷹斗は何杯もお代わりした。洗い物を終えた後、俺は絵を鷹斗に見せた。
「初めて色塗ってみた。どうかな?」
「すっげー。めちゃくちゃリアル。兄ちゃんやっぱり才能あるよ」
モデル本人にそう言ってもらえることほど嬉しいことはない。鷹斗は気が乗ってきたのかこう言った。
「もう一枚描いてよ。そうだなぁ、今度は上脱ぐか」
「いいよ。鷹斗の胸筋描きたい」
鷹斗は上半身裸になり、俺に向き直った。ちょっと斜めからの方がいいかな、と思った俺は、細かく姿勢を指示した。
鉛筆で鷹斗の身体をなぞることは、彼を愛撫しているかのようで、少し高ぶった。軽く色を乗せたところで、いい時間になってしまったので、風呂に入ることにした。
「……志鶴、だいぶほぐれてきたね」
「んっ……」
「明日、しよっか。いい記念になると思うんだ」
明日はとうとうクリスマス・イブだった。俺と鷹斗が産まれた日。特別な日。楽しみだけど、こわい。それに気付いたのか、鷹斗は俺の髪を撫でて言った。
「大丈夫。優しくするから」
「うん……」
その夜も、俺は鷹斗に尽くした。もう下手くそとは言われなくなっていた。彼がどういう動きを欲しているのか、考えなくてもわかるようになっていた。
「志鶴はそれでいいんだ。僕だけの役に立てばいい。僕のことだけ考えていればいい」
「俺は……鷹斗のもの、だから……」
「そうだよ。一生離さない」
また、きゅっと首を絞められた。俺は抗わなかった。今度はかすかに手の力が弱く、俺はヒューヒューと呼吸した。
「ああ……可愛い。僕の志鶴。この手に入ったのが、やっぱりどこか夢みたいだ……」
鷹斗は舌なめずりをした。そんな鷹斗も可愛いよ。そう思いながら、俺は口角を上げた。
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