19 生かすも殺すも
週末になった。俺は髪を束ね、ダウンジャケットを着て、外に出た。息は白く、太陽の光も雲に隠れて弱々しい。
鷹斗は歩調を俺に合わせてゆっくりしてくれた。十分ほどでスーパーに着き、鷹斗がカゴを持った。
「で、兄ちゃん何作りたいの?」
「オムライス。タマネギと鶏肉と卵がいるな。あとケチャップ」
「りょーかい」
このスーパーには、母に連れられて何度も来ているはずなのだが、どこに何が売っているのかまるでわからなかった。鷹斗に先導され、俺はカゴに食材を入れていった。
レジは店員さんがバーコードを読み取ってくれたが、会計は機械だった。鷹斗は五千円札を投入口に入れた。
他に飲み物や冷凍食品も買ったので、袋は三つになった。内二つを鷹斗が持ってくれた。
「はぁ……疲れた……」
ただスーパーに行っただけなのに、物凄い疲労感だ。俺はダウンジャケットを脱いで冷蔵庫に食材をしまい、椅子に腰を下ろした。
「お疲れさま。コーヒー飲む?」
「うん」
買ったばかりのドリップコーヒーを鷹斗が淹れ、喫煙しながら頂いた。コーヒーとタバコはこんなにも合うものだな、と思いながら、俺はすっかり喫煙者になってしまった自分を笑った。
「どうしたの? 兄ちゃん」
「いや、すっかりタバコ無いとダメになっちゃったなぁと思って」
「あはは、僕のせいだよね。でもいいよ。似合うもん」
一息ついたところで、俺は炊飯器に米をセットした。炊けてから作る。
「そうだ、兄ちゃん。明日、家具の引き取りの業者さん来るから。新しいベッドももう決めてる。父さんたちこっちに移そうか」
俺と鷹斗は、リビングの一角に、遺影と位牌、遺骨を置いた。こちらの方が、いつも見守られているような気がしていい。
突然の死から二ヶ月が過ぎた。まだ二ヶ月か、という思いの方が大きかった。ずいぶんと長かったように感じた。
ソファに鷹斗と並んで座り、俺は彼を抱き寄せた。まだタバコの香りがした。俺は頬にキスをした。
鷹斗は俺の肩にことりと頭を乗せてきた。俺は髪を撫で、手の甲をさすった。俺は言葉でも確かめたくなった。
「鷹斗。兄ちゃんさ、こわいんだ。愛想尽かされるの」
「そんなことにはならないよ。僕がいつから兄ちゃんのこと見てたと思ってんの?」
「兄ちゃんのどこが良かったんだ?」
「全部。兄ちゃんの情けないところも含めて全部好き」
俺は正直、鷹斗に殴られるのだけは勘弁して欲しいと思っているのだが、そんな衝動も徐々に収まるのではないかと期待していた。
米が炊けたので、俺はキッチンに立った。タマネギをみじん切りにして、鶏肉も食べやすい大きさに切った。
鍋にバターを敷いて材料を炒め、ケチャップライスを作った。一旦それを皿に移し、卵をといた。
「兄ちゃん大丈夫?」
「ここからが肝心だな」
サラダ油をフライパン全体に行き渡らせ、卵を流し入れた。半熟状態になってからケチャップライスを乗せ、箸で端をつまんでかぶせようとしたのだが、上手くいかなかった。
「あーあ、ぐちゃぐちゃ」
「……次は頑張る」
二回目は上手くぐるりと卵を返せた。それでも不恰好だが、初めてにしては上出来ではないだろうか。俺は二回目の方を鷹斗に渡した。
俺は二つとも写真を撮った。いいネタになるだろう。鷹斗は一口食べて言った。
「うん、味は美味しい」
「良かった」
洗い物も俺がやった。食洗機の使い方も教えてもらった。これで一人でも料理ができる。
「あーお腹いっぱい。僕、眠くなってきちゃった」
「昼寝でもするか?」
鷹斗のベッドに行き、そのままゆっくりしようとしていたのだが、結局鷹斗が盛ってきて、俺たちは交わった。
「えへへ。しちゃった」
「もう。眠いとか言ってたくせに」
「好きなんだからしょうがないじゃない」
ぐりぐりと俺の胸に顔を押し当て、鷹斗は笑った。俺はそのうちにぼおっとしてきて、裸のまま眠ってしまった。
目を覚ますと、鷹斗が真っ直ぐに俺の顔を見ていた。目と目が合い、俺は口元をゆるませた。
「ずっと見てた」
「どれくらい?」
「一時間くらい」
「飽きないの?」
「うん。兄ちゃん綺麗だもん」
俺たちは舌を絡ませた。そして、鷹斗の手が俺の首に伸びてきた。
「かはっ……」
凄い勢いで絞めつけられ、俺はぱくぱくと口を開け、鷹斗の手の甲に爪を立てた。
「ごめんごめん」
「はぁ……はぁ……」
解放された瞬間、必死に酸素を送り込み、俺は涙目で鷹斗を見た。
「た、鷹斗っ」
「苦しかったよね。ごめんね。でも、僕のことわかってよ。あんまり綺麗だから、殺したくなっちゃったんだよ」
俺は既に、鷹斗に捕らわれている。文字通り、生かすも殺すも彼の気分次第なのだろう。
「わかった……わかってやる。なっ。兄ちゃんは、鷹斗の兄ちゃんだから」
「ふふっ……それでいいんだよ」
いつか、本当に鷹斗の手で殺されるかもしれない。でも、それも悪くないと俺は感じていた。
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