17 真夜中

 シホさんとのグリーンを終え、俺は鷹斗の眠るベッドへと戻った。時刻は深夜一時。久しぶりに親族以外の人と話した興奮からか、まだ寝付けなかった。

 俺は鷹斗の髪を撫でた。少し伸びてきたと思った。そろそろ切るのだろうか。彼は中学生くらいの頃からずっと短髪だ。

 俺もそうだった。二人揃って同じ美容院に母に連れられ、一気に切ってもらっていた。

 あの美容院はまだあるのだろうか。鷹斗はそのままがいいと言っていたが、量くらいは減らしたい。しかし、一人で行くとなると気がひけるのは事実だった。


「うーん……兄ちゃん……」


 鷹斗が寝返りをうった。起こしてしまったようだった。


「あれ……もう朝……?」

「ううん、夜。ごめんな、兄ちゃん寝れなくてさ」

「僕、喉が渇いちゃった」


 二人でダイニングに行き、麦茶を飲んだ。鷹斗はタバコに手を伸ばした。俺も一本もらった。


「なんだか目が冴えちゃった。明日も仕事なんだけどなぁ」

「兄ちゃんを理由にして休むか?」

「それもいいかもね。でも、行かなきゃいけない営業先があってさ。何度かリスケしてやっと日が合ったから、休めないや」


 鷹斗の仕事のことはよく知らない。本人も、あまり聞いてほしくない空気があったからだ。こちらからは聞かないようにしていた。しかし、その日の鷹斗はよく喋った。


「うちの会社、毎年新卒採るから、僕ももう先輩でさ。裁量が増えたのはいいけど、プレッシャーも大きいんだよね。下に示しがつくようにしなきゃいけないし」

「鷹斗、頑張ってるんだな。兄ちゃんとは大違いだ」

「兄ちゃんはいいんだよ。家のことだけやってて。僕たちはもう、夫婦みたいなもんなんだからさ」


 夫婦と言われると照れてきた。まあ、両親が死んだことで俺は鷹斗の扶養に入ったし、あながち間違いでもない。俺は言った。


「寝れなくても、横になってるだけで違うだろ。ベッド、戻ろうか」

「うん」


 正直、シングルベッドに男二人は狭い。慣れてきたとはいえ、窮屈なのに変わりはない。俺は提案した。


「なあ、父さんと母さん、リビングに移して、あの部屋にダブルベッド置かないか。これからも兄ちゃんと一緒に寝るだろ?」

「そうだね。あのシングルベッド二つは処分して……うん。そうすれば入るね」


 どのみち、タンスなども捨てねばならないのだ。まとめてやってしまうと楽だろう。やるのは鷹斗なんだが。


「次の休みに家具屋に行ってこようかな。どんなのがいいとかある?」

「いや……鷹斗に任せる。まあ、部屋の感じ的に濃いブラウンがいいんじゃないか?」

「そうだね。なるべくシンプルなやつにするよ」


 鷹斗は俺の上着の中に手を入れてきた。そして、お腹をさすってきた。


「あはっ、兄ちゃん、すべすべ。ぺったんこー」

「運動してないからな……」

「する必要ないよ。力仕事は僕がやるから」


 俺も負けじと鷹斗の服をめくった。


「さすが、固いな。今でも筋トレしてるのか?」

「たまにね。本当はジム行きたいんだけどさ、時間無いから」

「会社帰りに行けばいいのに」

「やだ。兄ちゃんと過ごしたい」


 可愛い奴だ。俺は鷹斗の額に口付けた。彼は俺の胸に顔を押し付けた。


「そうだ。兄ちゃん、僕たちってよく双子と間違われてたんだよね」

「ああ、小さい頃の話な」

「お揃いの服も着せられてたっけ。今思うと恥ずかしいよね。僕、兄ちゃんとの子供産みたいなぁ……」

「バカ。できねぇよ」


 こつんと頭を小突くと、鷹斗はぺろりと舌を出した。そして、もぞもぞと俺の股間を触り始めた。


「おいおい、すんのか?」

「しなーい。遊んでるだけ」

「その気になるぞ?」

「なる前にやめる」


 実際、鷹斗はすぐにやめた。


「ねえ、兄ちゃん。誕生日、どうしようか。僕仕事なんだよね」

「ケーキは食いたいな。買ってきてよ」


 俺たちの誕生日は、十二月二十四日だった。鷹斗はぴったり一年後に産まれてきてくれたのだ。クリスマスのお祝いも一気にできるからと、両親にとっては助かるようだった。

 小さい頃は、誕生日の分とサンタクロースからの分で、二つプレゼントをもらったものだ。一気に玩具が増えるので、冬休みは楽しかった。


「誕生日祝いなんて、兄ちゃんが引きこもってからろくにやってなかったね」

「ああ……すまん」

「チキンも食べよう。僕、会社終わりに色々買って帰るよ。サラダとか作ってて」

「うん、わかった」


 話し込んでいると、三時くらいになってしまった。鷹斗はうとうとし始めた。俺は右手で背中をさすり、左手で彼の手を握った。


「ふふっ、兄ちゃん、あったかい……」


 そして、鷹斗はゆっくりと寝息をたてた。俺は寝顔にキスをして、自分も眠ろうと目を閉じた。

 だが、どうにも寝れなかった。とうとう空が白み始め、新聞配達のバイクの音が聞こえてきた。


「まあ、昼寝すればいいか……」


 そう独りごちて、腕の中の温もりをさらに強く抱き締めた。

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