16 グリーン

 四十九日が終わってから、俺は料理をするようになった。俺と鷹斗の食生活には野菜が足りない。簡単なサラダくらいなら、火も使わないしすぐできた。

 デッサンの練習も重ねていった。家にあるもの、マグカップや牛乳パックやハサミなんかを次々と描いていった。

 それらはネストに載せた。いつの間にかフォロワーは百人以上になっていて、例えハートだけでも反応があるのが楽しみだった。

 ネストにも慣れると、グリーンという機能があることに気付いた。複数人で音声会話ができるものだ。シホさんは、そのグリーンのホストによくなっていて、創作仲間とお喋りをしているようだった。

 いつか参加してみたいと思いつつも、その勇気は出ず、グリーン開催中のシホさんのアイコンを見つめているだけだった。


「今日は病みつきキュウリを作りました」


 俺はキュウリをたたいて砕き、塩昆布であえたものを皿に盛って写真を撮り、ネストに載せた。


「わー! 美味しそう!」


 シホさんからメッセージがきた。


「料理練習中です。簡単なものしか作れません」

「私もよく作りますよ。簡単だけど美味しくていいですよね!」


 過去の投稿を見る限り、シホさんは既婚者だった。仕事をしているかどうかまではわからなかった。


「兄ちゃん、ただいま。今日も何か作ったの?」

「うん、これ。味見してみたけどけっこういけるよ」


 鷹斗の買ってきたコンビニ弁当と一緒にキュウリを頂いた。キュウリの水分に塩昆布が溶けていいしょっぱさだった。ゴマ油を少し入れたのも良かったのかもしれない。

 食後にタバコを吸いながら、鷹斗が話し始めた。


「僕さ、こわかったんだ。兄ちゃんが色々できるようになっちゃったら、僕なんて要らなくなるんじゃないかって。でも、そんなこと無かった。兄ちゃん、僕のこと、必要だよね?」

「ああ、必要だよ。兄ちゃんの心の支えはもう鷹斗しか居ないんだ」

「ふふっ……良かったぁ」


 タバコに火がついたまま、鷹斗は抱き付いてきた。


「こら、危ないだろう」

「一回だけ、ちゅー」


 キスをしてやると、鷹斗は離れ、灰皿に灰を落とした。


「兄ちゃん、ずっとこの家に居てね。兄ちゃんが居るから、僕も頑張れるんだ。ずっとずっと、僕だけの兄ちゃんで居てね」

「わかってる」


 シャワーを浴び、いつものように後ろをこじ開けられた。俺の身体は徐々に快感を覚えてきて、楽しみな時間の一つになっていた。


「まだかかるかな。慎重にしようね」

「なあ……鷹斗は、いつからできるようになったんだ?」

「大学生のとき。志鶴に似た美人の男に色々教えてもらった。もう連絡取ってないけどね」

「そっか……」

「あっ、妬いてる? 妬いてるよね。僕だって、本当は初めては志鶴が良かったんだよ。でも、志鶴の初めてを奪えるなら、まあいいかな……」


 鷹斗は俺の耳を唇で挟んできた。俺は吐息を漏らした。それから舌が暴れまわり、俺は立っているのがやっとだった。

 その夜俺はなかなか寝られなかった。安らかに眠っている鷹斗を置いて、リビングにタバコを吸いに行った。

 ネストを確認すると、シホさんがグリーンをしていた。参加者は居なかった。俺は思いきって聞いてみることにした。


「あっ、志鶴さんだ! こんばんは。グリーンでは初めましてですよね? 話しましょうよ。マイクのところタップしてください」


 明るい女性の声だった。俺はシホさんに言われた通り、マイクのアイコンを押した。画面が切り替わり、俺のアイコンのところにスピーカーと出た。マイクがミュートになっていたので、それを解除した。


「……こんばんは。志鶴です」

「あっ、志鶴さんって男の人だったの!? ごめんなさい、私ったら女性だと思ってた!」

「ははっ、この名前だとよく間違われます」

「本名なんですか?」

「そうですよ」

「わあっ、素敵なお名前ですね!」


 親しみやすい人だ。俺はソファに寝転がり、スマホをひじ掛けに立て掛けた。


「志鶴さんのデッサン、いつも見てますよ。学生さんですか?」

「いえ……そういうわけでは」

「てっきりどこかに通われてるのかと思ってました」

「誰かに絵を教えてもらったことは無いんですよ」

「それであのクオリティですか!? すごーい!」

「そんなことないですよ」


 俺は、前から聞いてみたいと思っていたことを質問した。


「あの、シホさん。シホさんってどんな画材使ってます? 俺も水彩始めてみたいんですけど、種類が多くて……」

「あっ、嬉しい質問! どうしようかな、写真載せようかな。そういえば画材について投稿したこと無いですもんね。後で詳しくまとめますね!」


 それからシホさんは、日常の話をしてくれた。彼女はパートをしていて、子供は居ない。できない体質だったのだという。

 シホさんにとって、絵は子供のようなものなのだと語ってくれた。血肉を分けて作り出した存在だと。

 そうして、ほとんどシホさんが話すような形で、その夜のグリーンは終わった。

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