15 四十九日

 ゴミ袋は全て鷹斗が収集場に持っていってくれた。中身の無くなったタンス自体も、ゆくゆくは処分しなくてはならないだろう。

 俺は平日は絵の練習にあて、週末は鷹斗と遺品整理をするという日々を送っていた。

 ネストにも投稿を続けた。俺の絵には、ハートがつくことが多くなっていった。特に、シホさんは毎回くれた。俺も彼女の絵にハートを返した。

 十一月中旬になり、両親の四十九日がやってきた。鷹斗はお坊さんを呼ばないことにしたので、兄弟二人で静かに手を合わせた。


「兄ちゃん、遺骨なんだけどさ。海にまこうか。今、そういうのがあるんだって」

「どうやってやるんだ?」

「遺骨をパウダー状にして、船からまくんだよ。費用もお墓を作ることを考えたら安く済むよ」

「鷹斗に任せる」


 そんな話をしていると、インターホンが鳴った。鷹斗が出た。


「……花梨だ」


 お供え物を持った花梨を、まずは両親の寝室に通した。鷹斗は不服そうだった。


「来なくてもいいって言ったのに」

「そういうわけにはいかないよ。二人の様子も気になるしさ」


 ダイニングテーブルで俺たちは話した。鷹斗が人数分の温かい緑茶を出した。花梨によると、伯父も伯母も、連絡をよこしてこない俺たちを心配しているとのことだった。鷹斗が言った。


「もう僕たちだって大人なの。伯父さんや伯母さんに世話になることなんてないよ。生活のことなら、気にしないで」

「でも、志鶴くんはこれからどうするの? いつまでも家に居るわけにはいかないでしょう?」

「兄ちゃんの面倒なら僕が見る。僕はこの家を出ていく気は無いんだ」

「もし結婚したい人ができたらどうするの?」

「僕、結婚とか興味無いから」


 二人の会話を、俺はただ黙って聞いていた。湯飲みの中の緑茶はどんどんぬるくなっていった。花梨の勢いは収まらなかった。


「社会復帰するなら一刻も早い方がいいよ。まだ二十代だし、やり直せる。あたし、協力するから」

「花梨に何ができるんだよ」

「職探しとか、手伝ってあげる。まずは簡単なアルバイトから始めたらいいんじゃないかな?」

「だから、そういうのはいいってば」


 花梨の言葉は、伯父と伯母の代弁でもあるのだろう。甥っ子が引きこもりとあらば彼らも放っておけないに違いない。


「もう、何で鷹斗くんはそこまで志鶴くんに甘いかな? しんどい思いをするのはあなたたち二人なんだよ?」

「僕は今の生活で十分満足してる。余計な口を挟まないで」


 はあっ、とため息をついた花梨は、今度はダイニングテーブルの上に置かれた灰皿に目を向けた。


「誰が吸ってるの?」

「二人とも」

「ダメだよ。志鶴くんも鷹斗くんも、どうしちゃったの。叔母さんがタバコ嫌いだってあたしでも知ってるよ」


 鷹斗はトントンと指でテーブルを叩き始めた。まずいサインだ。いつ爆発するかわからない。俺はおずおずと口を開いた。


「まあ、さ……俺も、今後のことはきちんと考えるし。ごめんな、花梨、心配させて。今日のところは、とりあえず帰ってくれないか」

「うん……」


 花梨が帰った後、俺は恐る恐る鷹斗の顔を見た。歯を食い縛り、ガシガシと頭をかいていた。


「あーイライラする。兄ちゃん、殴らせてよ」


 俺の返答も聞かないまま、鷹斗はみぞおちに拳を入れてきた。何発も何発も。俺が床に倒れると、今度は蹴ってきた。


「ごめんな、兄ちゃん、八つ当たりして。でも、サンドバッグになれる分、兄ちゃんには生きてる意味があるよ」

「……そうだな」


 鷹斗は俺の手を掴んで立たせ、今度はぎゅっと抱き付いてきた。俺の唇を舌でこじ開け、奥へ伸ばしてきた。


「兄ちゃん、だーい好き」

「うん。俺も鷹斗が好き」


 そして俺たちはタバコを吸った。機嫌が直ってきたのだろう。鷹斗は花梨の持ってきた包みを嬉しそうに開けた。


「やった、羊羮だ。今から食べよう」

「ああ、ここのやつ、美味しいよな」


 鷹斗は包丁で羊羮を切り分けて皿に乗せた。緑茶も淹れ直してくれて、二人でそれを味わった。


「兄ちゃん、夕飯何にする? 僕が作ろうか?」

「たまには、兄ちゃんが何かするよ。兄ちゃんはどこにも行かないからさ。家事くらいはさせてくれよ」

「野菜の皮も剥けないくせに?」

「ほら……鍋とかなら何とかなると思う」

「まあ、それならいいよ。材料買ってくるね」


 キッチンで、鷹斗が付きっきりになって、俺は白菜やネギを刻んだ。最近、鉛筆をカッターで削るようになったので、刃物に対する恐怖心は薄らいでいた。

 鍋の素を使ったので、味付けを気にする必要は無かった。締めの雑炊は鷹斗が作った。


「兄ちゃんさ、これから少しずつでも料理やるからな」

「まあ、確かに自炊くらいはできた方がいいか。いいよ、許す」


 その夜も、俺たちは一緒のベッドで眠った。寒さは一段と厳しくなっていて、互いの肌の温もりが心地良い夜だった。

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