14 止められない

 翌日の日曜日も、俺と鷹斗は朝から整理に励んだ。父の服も、もう捨ててしまうことにしたのだ。

 月曜日が燃えるゴミの日らしく、廊下に並んだゴミ袋もそれで一掃できる。

 困ったのは、アルバム類だった。俺たちが写っているものはまだいい。祖父母の代からだと思われる、両親が幼い頃の物まで出てきたのだ。

 両家の祖父母は全員亡くなっていた。それをそのまま引き取ったのだろう。


「兄ちゃん、さすがに古いのは捨てようか」

「そうだな。じいちゃんばあちゃんには悪いけど……」


 これも燃えるゴミ。容赦なく袋に詰めていった。一軒家だと、やはり溜め込む量が多くなるのか、まだまだ終わりが見えなかった。


「鷹斗、今日はここまでにして、午後はゆっくり休もう。どのみち四十九日もまだ先なんだ。来週やればいいさ」

「そうだね。お昼どうしよう? お寿司でも食べる?」

「いいね」


 宅配の寿司を取って食べた。俺はイクラやウニ、トロなど高くつくものが好きだが、鷹斗はアナゴやエビばかりを選び、兄弟でもここまで違うのか、と両親に笑われたことがあった。

 昼間だがビールも飲んだ。昨日から動きっぱなしだ。疲弊した身体にアルコールが染みた。

 俺はソファに座り、鷹斗の頭を太ももの上に乗せてやった。彼は猫のように身を丸くした。頬を撫でると目を細め、そのまま眠ってしまいそうだった。

 しばらくそうしていると、鷹斗が言った。


「夕飯、どうしようか。野菜足りてないし、僕が作ろうか?」

「いいね。何にする?」

「鍋でいい? それなら簡単だし」


 くわぁ、とあくびをして、鷹斗は身を起こし、俺にキスをした。それから、身支度をして、スーパーに出掛けていった。

 取り残された俺は、ソファに寝転び、ネストを見た。シホさんがカフェで大きなコーヒーフロートを飲んでいた。

 それから、新しく気になったアカウントをいくつかフォローした。家の中からでも世界と繋がれる。いい時代に生まれたと思った。

 帰ってきた鷹斗は、ついでに買い置きもしたらしく、大量の荷物を抱えていた。俺は冷蔵庫に入れるのを手伝った。彼は文句を言わなかった。


「切るのは僕がやるから。兄ちゃんは大人しくしててよね」

「はいはい」


 とはいえ、まだ時間はあった。鷹斗のベッドに行き、服を着たままじゃれ合った。

 鷹斗の匂いは落ち着く。俺はうなじに鼻をうずめてかいだ。


「兄ちゃん、夜まで我慢できない?」

「我慢する。でも早めにご飯食べよう」


 スマホを見た鷹斗は、あっと声をあげた。


「本、届いてる。僕ポストから取ってくるね」


 デッサンの本だった。俺はそれをパラパラと眺めた。横から鷹斗も見てきた。道具の使い方から、細かく説明されていた。鉛筆はカッターで削った方がいいというのを初めて知った。


「僕、そろそろ準備するね。兄ちゃんはその本読んでなよ」

「そうする」


 俺はリビングで本を読みながら、鍋が出来上がるのを待った。ダシのいい香りがしてきて、ついキッチンに近寄った。


「鶏肉?」

「うん。締めは雑炊にして食べよう。卵も買ってきた」


 鷹斗は鍋をダイニングテーブルに移し、俺の皿にバランス良く野菜と肉を入れてくれた。豆腐もダシがよく染み込んでいそうだ。


「うん、美味しいよ鷹斗」

「ありがとう」


 思えば鍋なんて食べるのは久しぶりだ。俺は意識的に野菜を多く取った。具があらかた無くなり、鷹斗が雑炊を作った。ふんわり、とろりとした玉子が味わい深かった。

 タバコを吸いながら、俺は鷹斗の輪郭を目でなぞっていた。また描きたい。せっかく本も届いたことだし、静物のデッサンを練習してからやってみよう。


「兄ちゃん、シャワー浴びようか」

「うん」


 浴室の中で、俺はいつもより長く鷹斗に攻められた。指が二本、入るようになってしまった。


「志鶴の身体、やらしいね。でも、もっと時間をかけなきゃね。初めては気持ち良いと思ってほしいからさぁ……」


 耳元で笑う鷹斗は、俺にとってはもはや弟ではなく、一人の男だった。二人ともが欲望をさらけ出していた。

 鷹斗がベッドに腰掛け、俺は床に這いつくばって、彼の足の指を丁寧に舐めた。不思議と屈辱感は無かった。ただ、彼に奉仕したいという思いだけが俺を突き動かしていた。

 髪を引っ張られ、俺は上を向いた。鷹斗は歯を見せて笑っていた。


「まだまだ下手くそだね。でも大丈夫。じきに僕の色に染めてあげるから」


 俺の身体は鷹斗のためだけにあった。彼が望む動きをした。罵りの言葉も、嘲りの言葉も、過敏にさせられるだけで、愛しいとすら感じていた。


「志鶴は僕が居ないと何もできない家畜なんだ。さあ、鳴けよ。人間以下の畜生野郎」


 鷹斗が悦楽に歪んだ顔で俺を見下ろした。ずしりと腰を動かされ、俺は彼の言う通り鳴くしかなかった。


「鷹斗っ……鷹斗ぉ……」

「あはっ、可愛い。とてもみじめで、可愛いよ」


 夜が更けるまで、それは続いた。最後には、鷹斗は優しく抱き締めてくれた。


「好きだよ。ずっと離さない」

「うん、俺も……」


 もう、俺たちを止められる者は誰も居ない。

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