13 遺品整理

 朝自分のベッドで目覚めると、鷹斗に抱きしめられていた。そのせいで寝返りがうてなかったのだろう。身体が固まっていた。


「おい、起きろよ鷹斗」

「うーん……兄ちゃん……」

「もう少し寝るか?」

「うん……」


 俺は鷹斗の腕をすり抜け、リビングへ行った。ロールパンが置いてあったので、コーヒーを淹れて食べた。それから一服。

 鷹斗が起きてくるまで、ソファでネストを見ることにした。新しくフォローしてくれた人からメッセージがきていた。


「フォローありがとうございます! 素敵なスケッチですね。これからもよろしくお願いします!」


 それは、シホさんというアカウントだった。俺は無難な返信をした後、過去の投稿を見ていった。女性と花の水彩画を多く描いていた。

 シホさんは、カフェや美術館によく行くらしい。食べ物の写真も多く載せられていた。


「兄ちゃん、おはよう」

「おはよう。大丈夫か?」

「頭痛い……」


 鷹斗は戸棚から薬を取り出して飲んだ。


「昨日、僕シャワー浴びてないよね?」

「うん。兄ちゃんもだ」

「スッキリしたいし、今から浴びようか」


 髪を洗うのは面倒だったので、ヘアゴムでまとめてクリップで高く留め、身体だけを洗った。

 鷹斗はしきりにあくびをしていた。それでいて、俺の身体をいじってきた。


「昨日、できなかったね。今日はたくさんしよう?」


 小首を傾げ、見つめてくる鷹斗の瞳には、抗いがたいものがあった。

 身体を拭いた俺たちは、本の整理に取りかかった。特に読みたい本は無い。ビジネス書の他に、小説もいくつかあったが、興味を惹かれなかった。

 思ったより早く、本を詰め終わったので、今度は母の服をどうするか考えることにした。父と俺たちは体格が似ているから、彼の分は着られないこともない。俺は言った。


「母さんのは……捨てるしかないか。いつまでも置いていたら悲しくなるしな」

「そうだね。父さんのやつは後回しにしよう」


 母のクローゼットからは、着ているのを見たことがない、清楚なワンピースが出てきた。きっと若い頃の物だろう。

 カバンやポーチも多かった。しかし、ブランド物でもないし、売れそうにない。貴金属の類いといえば、婚約指輪と結婚指輪くらいのもので、これはさすがに処分できないと思った。

 仕分けをすることは、母の人生をなぞるようなことだった。俺も鷹斗も、段々口数が少なくなってしまった。


「……ふぅ。兄ちゃん、そろそろお昼にしようか」

「そうだな」


 鷹斗が一旦外に出て、カレーを買って戻ってきた。俺はまだ、会話をするのがはばかられた。


「葬儀のときにさ」


 鷹斗が話し始めた。


「母さんの友達、けっこう来てくれたんだ。高校の同級生。ほら、よく旅行とかしてたじゃない?」

「そうだったな」

「まだまだ行きたいところあったのに、って。本当に、悔しいよ」


 一気に終わらせた方がいいだろう。そう考えた俺は、午後からは手を早めた。女性物がこの家にあってももう仕方がない。機械的に分別をした。

 ゴミ袋を廊下に並べ、俺たちはリビングで立ったままタバコを吸った。鷹斗も疲れてしまったのか、深い息をついていた。


「兄ちゃん……抱っこ」


 タバコをもみ消し、俺は鷹斗を抱き締めた。わしゃわしゃと短い髪を撫でてやると、彼は小さく笑った。


「僕たち、二人っきりになっちゃったんだね。頭ではわかってたけど、やっとその実感が出てきた」

「俺も。遺品整理って考えてたよりしんどいな」

「兄ちゃんが居てくれて良かった。一人だったら、できなかった。もうさ、綺麗さっぱり処分しちゃおう。形見なんて無くたって、僕たちには思い出があるから」


 俺も同じ考えだった。この家の中から、父と母の痕跡を無くしたかった。これからは、鷹斗と二人、生きていく。


「兄ちゃん。大好き。一生一緒に居ようね」

「ああ。兄ちゃんはずっと鷹斗の側に居る」


 鷹斗は俺の服に顔をすりつけてきた。そして、嗚咽を漏らした。俺は赤子にするように、ポン、ポン、と背中を叩いた。


「父さん……母さん……早すぎるよぉ……」


 遂に決壊したか。俺はどこか冷静だった。こうなることはわかっていたから。


「兄ちゃんは死なないで。兄ちゃんが僕を看取って。残されるのなんて、もう耐えられない」

「わかった。兄ちゃんは生きててやる。鷹斗の骨は兄ちゃんが拾う」


 無理な約束だな、と自分でも思った。人の死は自殺でもない限り選べない。でも、今はそう言ってやるしかなかった。

 鷹斗は涙をこぼしたまま、キスをせがんできた。俺は唇をふさいだ。そのままもつれこみ、身体を触り、求め合った。


「抱いてよ、志鶴」


 ベッドに行き、乱暴に服を脱いで床に投げ捨てた。


「志鶴、僕のこと、ぐちゃぐちゃにして」


 それが愛する弟の頼みならば。俺は激しく指を動かした。鷹斗は大きく声をあげた。

 その日、夕食は食べなかった。二人とも食欲が無かった。汗ばむのも気にせず、肌を密着させ、甘い言葉を囁き続けた。

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