12 掃除
朝起きると肌寒いと感じるようになってきた。俺は薄手のパーカーを羽織り、鷹斗を見送った。
ネストを見ると、いくつかのアカウントからフォローバックがきていた。絵の投稿が主なものを選んだのだが、日常のポストもあった。俺もならってそうすることにした。
「今日は掃除機かける。頑張る」
我が家の掃除機はスティック式で、充電器に繋がれていた。さすがにやり方はわかる。ボタンを押し、床を滑らせていった。
一階、階段、そして二階。全ての部屋が終わる頃、掃除機のモーター音が変わった。俺もけっこうくたびれた。一軒家を掃除するというのは案外大変なのか。
ゴミをどう取るのか多少難儀したが、何とかやり方を見つけ、ゴミ箱に落とした。俺の髪が絡まっていたので、それもほぐして取り、手を洗った。
「掃除機かけれた。過去絵を載せます」
俺はスケッチブックを開き、写真を撮っていった。その中から、よくできたものだけをネストに載せた。
それから、他の人の絵をベッドに寝転がりながら見ていった。俺がフォローしたのはデジタルではなく、アナログがメインのアカウントばかりだ。
水彩画もいいな、と俺は思った。確か、中学校で使っていたセットが残っていたはずだ、とクローゼットをかき回した。
「あった……」
しかし、絵の具のチューブを触るとどれも固まってしまっていて、とても使い物にならなさそうだった。筆も開いてしまっていた。
調べると、絵の具は燃えるゴミでいいみたいだった。俺は全て捨てた。鷹斗が帰ってきたら新しいのをねだろう。
昼食はカップ麺にした。ポットのお湯がなくなりかけていたので、新しく水を入れて沸かした。こういう些細なことも、母が全てやっていてくれたのだと思うと、途端に喪失感が広がった。
仏頂面の父とは違い、母はよく笑う人だった。俺が引きこもってからも、厳しい顔一つ見せなかった。
「志鶴には時間が必要なのよ。きっと大丈夫だから」
そう言って、父を説き伏せるのを聞いてしまったことがあった。
昨日の宣言通り、鷹斗は海鮮丼を買って帰ってきた。缶ビールもだ。
「あーやっと週末だ!」
「お疲れさま」
俺たちは缶をぶつけて乾杯した。海鮮丼は、俺の好きなイクラがたくさん乗っていて、プチプチとした食感が最高だった。
「兄ちゃん、明日はさ、父さんの本に手をつけようか。宅配で送って査定してくれるところがあるんだ。欲しい本があったら置いといて、とりあえずどんどん段ボールに詰めていこう」
「そうだな。少しでもお金になった方が有難い」
鷹斗はぐいぐいとビールを飲み、早くも二本目に突入した。
「今日さ、掃除機かけたよ」
「えっ? 余計なことしないでって言ったよね?」
「でも綺麗になったろ? 兄ちゃんにもそれくらいのことはさせてくれよ」
「まあ……掃除くらいなら、いいか」
仕事からの解放感か、鷹斗の機嫌は良いように見えた。海鮮丼を食べ終え、タバコを吸った。
「あのさ。兄ちゃん、買いたいものあるんだけど」
「何?」
「水彩画のセット。新しいの欲しいんだ」
「いいよ。どんなのがいいかな……」
鷹斗のスマホで調べると、あまりにも多くの商品が出てきて、決めきれなかった。もう少し下調べをして、慎重に買った方がいいだろう。
調べている間も、鷹斗は酒を飲んでおり、とうとう三本目に突入した。俺はまだ一本目を半分飲んだところだ。
「鷹斗、ペース早くないか?」
「明日休みだと思うとつい、ね」
「大学生のときも、しょっちゅう酔って帰ってきたろ」
「ああ……ゲイバーとか行ってたからね」
「そんなところ行ってたのかよ」
「うん。男あさってた。でも、兄ちゃんが居るから、もう行かないよ」
鷹斗はキッチンからスナック菓子を取ってきてダイニングテーブルの上に置いた。俺もそれをつまんだ。
俺は鷹斗の過去の男が気になってしまった。身体を重ねたからわかる。彼は相当場数を踏んでいる。
「そのさ、鷹斗。今まで何人くらいとしたの?」
「えー、覚えてない。三十人くらいじゃないかな」
「そんなに……」
「どうしたの、妬いてるの?」
鷹斗は俺の頬をつんとつついて笑った。
「だって、本当に兄ちゃんとできるなんて思ってもみなかったしさ。とっかえひっかえしてたの。ストーカー化して面倒になったこともあったけど」
「おいおい、大丈夫か?」
「やめてくれって泣き落としてキッパリ切ったよ。だから安心して」
段々鷹斗の目がとろんとしてきた。しまいにはテーブルの上に顎を乗せてしまった。
「兄ちゃん……もう眠いよぉ……」
「おい鷹斗、ここで寝るなよ」
「やだ……寝る……」
俺は鷹斗の脇の下に手を入れて立たせ、ベッドへと連れていった。うつ伏せになって枕を抱きしめ、すうすうと眠ってしまった。
悪い気が起こった。俺はスケッチブックを取り出し、眠る鷹斗を描いた。長いまつ毛を印象的に描き、俺は満足した。
寝顔にキスをした俺は、自分の部屋に戻った。鷹斗はベッドの真ん中で寝てしまったので、寝る隙が無かったのだ。
二人で眠ることに慣れつつあったから、少し寂しいな、なんて思いながら、俺は目を閉じた。
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