10 感謝

 罰を受けた後、弁当を食べた。コロッケと鶏の唐揚げがメインだった。


「ごめんね兄ちゃん。キツかったでしょ。でも、兄ちゃんが悪いんだからね」

「そうだな。嘘をついた兄ちゃんが悪い」

「それにしても、花梨の奴、また来たのか。鬱陶しいな。殺す?」

「……何言い出すんだよ」


 鷹斗は歯で唐揚げを食いちぎった。目が本気だ。咀嚼して飲み込むと、また話し始めた。


「花梨ってさ、昔から押しが強かったよね。そういうところ、嫌いだった。余計なお世話、っていう言葉知らないのかな」

「まあ……連れ出されたのも、けっこう無理やりだったな」

「僕たちの事情なんて何も知らないくせにさ。ズカズカ入り込まないで欲しいよね。いくらいとこだからって、我慢できないよ」


 俺のコップが空になったのに気付いて、鷹斗が麦茶を注いでくれた。俺は残りの米をかっさらった。


「ふぅ。兄ちゃん、一服する?」

「うん」


 食後の喫煙はもはや恒例となりつつあった。タバコも美味いと感じるようになってきた。着実にニコチンが蓄積している。


「あっ、そうだ。兄ちゃん、スケッチブック足りてる? けっこう描いてるんじゃないの?」

「そろそろ切れる頃かな」

「僕、ネットで買っとく。十冊くらいあればいい?」

「おいおい、そんなに買うのかよ」

「買うんだったらまとめての方がいいよ」


 タバコを吸い終えて、俺は部屋からスケッチブックを取ってリビングに戻ってきた。ダイニングテーブルに広げて鷹斗に見せた。

 鷹斗はしげしげとそれを眺めた。そして、短髪の男性を描いた一枚に目を留めた。


「これなんか、雰囲気いいじゃない」

「ちょっと鷹斗に似てると思ってさ」

「ふふっ、僕のこと描く?」


 そう言われると思って、鉛筆と練り消しは用意していた。鷹斗は頬杖をついた。長い指を丹念に描いた。正面からじっと見つめられていると、とても恥ずかしかった。

 写真を見て描くのも楽しいが、やはり鷹斗にモデルになってもらえる方がいい。俺は乗ってきた。シャッ、シャッ、と鉛筆を滑らせ、髪の毛を表現した。


「前よりいいじゃない。上手くなってる」

「そっか。嬉しいな」


 でも、まだ何か足りなかった。俺はもっと、生きている絵が描きたかった。見た人が喋りかけてしまいそうな、そんな絵が。

 俺は特に誰から絵を習ったとか、そんなわけでもない。理論なんかも全然知らない。思うがままに描いているだけだ。

 しかし、ずっとそれでいると限界になるだろう。俺は欲が出た。


「なあ、鷹斗。デッサンの本とか欲しいんだけど……」

「いいね。買ってあげる」


 鷹斗のスマホで一緒に調べて、初心者向けの本を一冊ネットで注文した。届くのは三日後くらいだった。


「そうだ、兄ちゃん。涼しくなってきたし、湯船はろうよ。僕、入れてくる」


 嬉しい提案だった。ここ何年も湯船には浸かっていなかった。十五分くらいして、お湯がたまった。


「あははっ! 狭っ!」


 鷹斗は笑った。大人の男二人が一気に入ると、いくら一軒家のゆとりある湯船とはいえキツキツだ。鷹斗に後ろから包まれるような形で、俺は脚を縮めた。


「懐かしいな。兄ちゃんと二人でよく魚すくいしたろ?」

「あったあった。どこ行ったんだろうね。いつの間にか子供の時の玩具って処分されてたみたいだし」


 俺も鷹斗も、電車が好きだった。俺がレールを繋げてやって、電車同士を衝突させるという物騒な遊びをしていたものだ。

 年が一つしか違わなかったから、ケンカもよくした。俺はお兄ちゃんだからという理由でよく我慢させられていた。

 今となっては、立場は逆転だ。鷹斗の方がよっぽど気が利くし、しっかりしている。


「兄ちゃん、大好き」


 鷹斗が俺の首筋を舐めてきた。


「もう、猫じゃないんだから。くすぐったい」

「くすぐったいのは気持ち良いの手前だよ?」


 一旦鷹斗は湯船を出て、脱衣場から何かを取ってきた。


「あったまってきたし、ほぐそうか」

「うん……」


 俺は浴室の壁に手をついて立ち、鷹斗に身体を委ねた。もう覚悟を決めてしまっているから、早くそういう身体になりたいと願うだけだった。

 終わって髪を拭きながら、二人でビールを飲んだ。タバコも吸った。両親が見たら、卒倒されそうなことばかりを俺たちはしている。

 俺は気になっていたことを問いかけた。


「なあ、鷹斗。父さんと母さんが死ななかったら、想いは封じ込めてたのか?」

「まあ、そうだろうね。何とか他の男を好きになれないかと思って色々やってた。無理だったってことは、そういうこと」


 俺の髪が乾ききらないまま、鷹斗のベッドに行き、激しく求め合った。それから、身を寄せ合い、一緒に眠った。

 鷹斗の手足の温もりは、俺を落ち着かせてくれた。両親を一気に失った悲しみは大きいが、こうして慰め合える弟を産んでくれていて本当に感謝した。

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