09 罰
朝起きると、鷹斗はもう出勤していた。慣れない動きをしたので股関節が痛かった。ダイニングテーブルの上に書き置きがあった。
「よく寝てたから、可哀想だと思って起こさなかった。ごめんね。兄ちゃん大好き。行ってきます」
俺はその紙片を大切にスケッチブックに挟んだ。そして、絵を描き始めた。
弟と交わったことは、世間一般では許されざることかもしれない。けれど、俺はスッキリとしていた。
これからも、大切な弟が側に居てくれること。彼の願望に応えてやること。それこそが、俺の生きている意味だと思った。
インターホンが鳴った。また、五回。見当はついていた。無視するのも何だし、と俺は扉を開けた。
「よっ、志鶴くん」
「どうしたの、花梨」
「様子見にきただけ。鷹斗くんもう仕事でしょう? 居ないの見計らってきた」
俺は花梨をリビングに通した。そろそろお昼どきだった。
「鷹斗くんさ、なーんかあたしのこと嫌ってるっぽいよね。何でだろう。あたしは二人のこと心配してるだけなのに」
「まあ、実際心配要らないよ。何とかやってる」
鷹斗が花梨を疎んでいるのは、俺のことが好きだからなんてことは言えなかった。彼は俺と二人の世界を望んでいるのだろう。
「志鶴くん、ご飯外に食べに行かない? ファミレス近所にあるの見かけたよ」
「でも、鷹斗に外に出るなって言われてるし」
「なんで?」
「……わかんない」
「バレなきゃ大丈夫だよ。さっ、行こ行こ」
昼のうちに帰ってくるのなら、確かにバレないか。俺は髪を結んでもらい、スニーカーを履いた。しかし、玄関を出ようとすると、やはり足がすくんだ。
「花梨、やっぱりやめよう」
「頑張ろう? 志鶴くんも外に出なきゃダメだよ。いつまでも鷹斗くんに甘えてちゃいけないよ」
花梨は俺の手を引き、扉を開けた。ふわり、と風が吹きこんできた。秋の日差しはやわらかく、俺の青白い肌を照らした。
コンビニのときと同じように、花梨と手を繋いでファミレスに来た。ここはよく家族四人で来ていた所だ。内装は少し覚えていた。
四人がけのテーブル席に通された。花梨は置かれていたタブレットを手に取った。
「何それ?」
「最近はこれで注文するんだよ。何にする?」
ランチタイムということで、人が多かった。誰からも見られていないはずだというのに、俺は身を縮ませながらタブレットを操作した。オムライスにした。花梨はハンバーグだ。ドリンクバーもつけた。
「あたし、取ってきてあげる。何飲む?」
「アイスコーヒー」
「りょーかい!」
スタスタと行ってしまった花梨の背中を見ていると、さらに心細くなった。俺は周りからどう思われているのだろう。そればかり考えていると、食欲が失せてきた。
「お待たせー! 志鶴くん、顔色悪いよ? やっぱり無理させすぎたかな?」
「いや……大丈夫。大丈夫だから」
円筒形の物体がすうっと現れた。猫の顔のようなものがついており、チカチカと光った。
「……うわっ」
「あははっ、配膳ロボットだよ。可愛いよね」
今時は何でもこうなのか。十年間のうちに色々と変わりすぎだろう。花梨がロボットから料理を取り出して、テーブルの上に置いた。
オムライスは味がしなかった。多分、それなりに美味しいものなのだと思う。俺はアイスコーヒーで胃に流し込んだ。
「あたしさ、仕事に余裕があるときはこうしてお昼に来てあげる。一緒に外食して、慣れていこうよ」
「気を遣わないで。俺と鷹斗だけでやっていけてるから」
「鷹斗くんが居なくなったらどうするの? 就職とか、考えなくちゃ。そうだなぁ……高卒認定取るっていうのは?」
俺の今の学歴は中卒だ。働くにもそれがネックになるだろう。しかし、勉強するのも今さらという感じがした。
花梨の言うことはもっともだった。一般的な世間の反応だった。けれど、俺はもう普通の兄弟の垣根を越えた。
「考えとくよ。ありがとう、花梨」
まるで心のこもっていないセリフを吐いた。花梨とはファミレスを出たところで解散した。
夕方帰宅した鷹斗は、まず俺に抱き付いてきた。
「兄ちゃん、ただいま」
「おかえり」
「お弁当買ってきた。食べよう」
キッチンに行き、鷹斗はこう聞いてきた。
「兄ちゃん、昼は何食べたの?」
「あっ、カップ麺」
「……ゴミ、無いけど?」
「いや、その」
「何か隠してるんだね」
パシンと頬をはたかれた。俺は白状した。
「その……花梨と、ファミレス行ってた」
「僕、外に出ないでって言ったよね。それに嘘もついた。嘘をつく兄ちゃんなんか嫌いだ」
「ごめん。本当にごめん。もう花梨が来ても外に出ないよ」
「はぁ……こんな簡単な約束すら守れないんだから。兄ちゃんって本当に虫けらだよね」
そして、鷹斗は俺にくわえさせ、激しく腰を振った。喉の奥に何度も当たり、苦しかったが、約束を破った罰なのだから、これくらいは当然だと思った。
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