08 兄弟

 鷹斗の想いを聞いた夜、俺たちは一緒のベッドで横になった。先に寝付いたのは鷹斗だった。すう、すう、と規則正しい呼吸をする彼の顔を間近で見ていた。

――ずっと好きだった。

 そんなこと、感じたことがなかった。鷹斗がおかしくなったのは、両親が死んだからなのだと思っていた。

 俺は今まで、鷹斗にどう接してきた? これからは、どうすればいい?

 答えを探しに、リビングに行き、タバコを吸った。一番古い鷹斗との記憶を思い出そうとした。しかし、頭がぼやけて、上手くいかなかった。


「兄ちゃん?」

「……起きたのか」


 鷹斗は俺のタバコを奪い、一口吸った。


「外に出たのかと思った。良かった……」

「鷹斗を置いて出たりなんかしないよ」


 後ろから抱き締められた。強く、強く。俺はタバコを吸いきり、灰皿に入れた。


「兄ちゃん、正直な、頭整理できてないんだ。鷹斗の想いは、嬉しいけど、こわい」

「そうだよね。ごめんね兄ちゃん。困らせて。でも、僕だってどうにもならなかったんだ。兄ちゃんの代わりに、似た男あさって紛らそうとした。でも、ダメだった」


 鷹斗の言葉は続いた。


「兄ちゃんには僕しか居ないだろ。でも、僕にだって兄ちゃんしか居ないんだ。兄ちゃんは他に何もできないんだから、大人しく僕を受け入れてよ」

「……ダメだよ。血が繋がってるんだから」

「繋がってるから何なの? 男同士なら妊娠もしない。兄だからとか、弟だからとか、そんなに大切なこと?」


 俺の背中から身体を離した鷹斗は、椅子に座り、タバコを掴んだ。紫煙が立ち上った。俺は突っ立ったままそれを見ていた。


「ねえ、兄ちゃん。俺、何人もの男を抱いたし抱かれたし、よくわかってる。セックスなんて、そんなに特別なことじゃないよ。一つの方法」

「兄ちゃんにとっては特別だ」

「じゃあ、僕は兄ちゃんにとって特別な存在じゃないの?」


 俺は言葉に詰まった。唇を噛み、床を見つめた。鷹斗は間違いなく特別だ。でも、性愛の対象じゃなかった。それをどう伝えればいいのか、すぐに言語化できずにいた。

 ふうっ、とため息と共にタバコの煙を吐き、鷹斗は言った。


「わかってる。特別だと思ってくれてるんでしょう。それは伝わってる。だから兄ちゃんも戸惑ってるんだ。ねえ、特別な存在だと思うならさ、僕のお願い叶えてよ」


 吸い殻をぽとりと落とし、鷹斗は立ち上がった。そして、俺にキスをした。手の指は組み合わされ、熱がこもった。

 ここ最近のうちに、キスは気持ち良いと思えるようになっていた。俺も鷹斗に応えた。


「兄ちゃん。好き」

「兄ちゃんも……鷹斗が、好きだ」


 互いの身体の境界線がわからなくなるまで、きつく抱き締め合った。俺たちはこの世界に二人っきりの兄弟だ。この家に居る限り、愛し合ったところで、誰からも断罪されないだろう。


「わかった。わかったよ、鷹斗。兄ちゃん、受け入れてやる」

「本当……?」

「ああ。兄ちゃん、鷹斗の願いは何でも叶えてやりたいから」


 それから、もう一度キスをした。俺の覚悟は決まった。何もできないこの俺が、唯一できること。弟を愛すること。


「でも……ゆっくりな? 兄ちゃん、やっぱりこわい」

「ふふっ、わかってる。それじゃあ、抱く方はどう?」

「えっ……」


 鷹斗はぱっと眩しい笑顔を浮かべた。本気だ。


「準備してくるから、僕のベッドで待っててよ。早くしたい」

「お、おう」


 俺はベッドに寝転がり、天井を見つめた。こう即座に事が運ぶとは思わなかった。鷹斗にとったら、何年越しの想いかわからない。急ぐのも当然か。

 鷹斗が入ってきて、まずは唇を重ねた。ゆっくりと服を脱がせ合い、肌を密着させた。とくり、とくり、と鼓動が高鳴った。


「志鶴、口でして」


 俺はたっぷりの唾液で湿らせた。鷹斗がどうされるのが好きなのか、もうわかっていた。


「ゴムは僕がつけたげる。志鶴、したことないでしょ?」

「うん……」


 遂に俺たちは繋がった。俺は荒い息を吐き、腰を動かした。初めての快楽が俺を支配した。鷹斗の身体に全ての欲望をぶつけた。


「あはっ……どうしよう。僕、凄く凄く凄く幸せ」


 俺はぐったりとしてしまったが、鷹斗は余裕があるようだった。彼はコンドームの口をしばって捨て、俺の髪をといて、うっとりとした表情を浮かべた。

 この世に神様が居るかどうかは知らない。居たとして、こんな兄弟のことを裁こうとするだろうか。互いが互いしか居ないのに。

 これが過ちだとしたら、俺はどこまでも堕ちていこう。鷹斗が一緒なら、もうそれでいい。


「兄ちゃん、好きだよ。もう僕のもの。一生この家で暮らすんだよ。二人でずっと、ね」

「うん、そうしよう……」


 裸のまま、鷹斗は眠った。俺も彼にくっついて、呼吸を合わせ、目を瞑った。

 俺は鷹斗のものになった。でも、鷹斗だって俺のものだ。

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