07 想い
鷹斗の休みが終わり、出社することになった。スーツを着て時計をつける様子を俺は見守っていた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。くれぐれも、外には出ないでね」
扉の鍵を閉め、俺はリビングのソファに身体を預けていた。あれから毎日、口と手ですることを要求された。今日も帰ってきたらさせられるのだろう。
繰り返しているうち、嫌悪感は薄らいできた。精液は相変わらず苦手だったが。社会でも家でもやることの無い俺が、唯一期待に応えられるのがそれだった。
いつかこんなことは、やめてくれるかもしれない。でも、そうなったとき、自分の存在意義が揺らぎそうだった。
俺は絵を描いた。ネットで見つけた老若男女の写真を見て、それをスケッチするのだ。鉛筆を動かしている間は、父のことも、母のことも、鷹斗のことも忘れられた。
「ただいま」
夕方六時半頃に鷹斗は帰宅した。定時が六時だから、そのまま真っ直ぐ家に向かったのだろう。
「おかえり」
「はぁ、久しぶりの出勤はやっぱり疲れるね。兄ちゃんのことは上司に話しといた。だから、残業とかはパスできる。夕飯まだでしょ? 何か温めて食べようか」
俺たちは冷凍のパスタを選んだ。先に俺の分を温めてもらった。
「僕のは待たなくていいよ。冷めないうちに食べなよ」
「じゃあ、うん」
その間に鷹斗はスーツから部屋着に着替えた。時計をゴトリとダイニングテーブルの上に置いた。その側には、新しく買った灰皿があった。
「引きこもってるだけじゃ弱いと思ったから、精神を患ってることにしといた。まあ、似たようなもんだよね。兄ちゃんは社会不適合者なんだから」
「そうだね……」
俺だって、なりたくて今の状況になったわけじゃない。それは鷹斗だってわかっているだろう。ちくちくと胸の内が痛んだ。
食べ終えてから、二人で喫煙をした。もうタバコにも慣れてきていた。
「兄ちゃん、一緒にシャワー浴びよう。背中流してよ」
「わかった」
鷹斗は俺より肌の色が濃いが、それは日焼けしているだけというのが、裸になるとよくわかった。二人とも、母に似て元々の色は白いのだ。
俺は鷹斗の背中を泡でこすった。そこから二の腕へと手をすべらせた。たくましい。この腕で他の男を抱いていたのか、それとも抱かれたのか知らないが、それを想像してしまうと陰惨な気分になった。
最低限の水気を拭き取ると、鷹斗の部屋に行っていつものことをした。
「上手くなったね、志鶴」
行為の間だけ、鷹斗は俺を名前で呼ぶ。そのことに最近気付いた。意識してしまうと、恥ずかしくて、呼ばれる度に心臓がとくりと跳ねた。
「もっと脚開いて」
命令通りにすると、鷹斗の指は下の方に伝い、中に入ってきた。
「あっ……!」
「さすがにキツいね。慣らすの時間かかりそう」
まさか。俺は鷹斗の肩を掴んだ。
「なあ、鷹斗……」
「そろそろ抱かせてよ。大丈夫、ゆっくりしてあげるから」
「兄弟でそれはダメだ。兄ちゃん、指でも舌でも使うから。気持ち良くさせてやるから。それだけはやめてくれ」
「うるさいなぁ」
くにっ、と指を曲げられた。俺の全身が拒絶していた。下腹部に力が入り、苦しくなった。
「志鶴、楽にしなよ。もう志鶴は僕の言いなりになるしかないの。それくらい、わかってるよね?」
「やだっ……!」
指を突っ込まれたまま、顎を殴られた。俺は仰向けにベッドに倒れた。鷹斗は指の動きを止めなかった。
「やめて……お願い……やめてっ……」
「志鶴が悪いんだよ。まともに学校通って、とっととこの家出てれば良かったのにね」
散々腹の中をいじくり回された後、鷹斗は口で舐め回し始めた。俺は倒れたままだった。涙がにじんできた。
鷹斗の口内に吐き出すと、彼は覆い被さってきて、俺の髪を撫でながらキスをしてきた。精液の味がした。
やめるなら今しかない。そう決意した。
「なあ、鷹斗。もうやめよう。父さんだって母さんだって、こんなの望んでないはずだ。兄弟でするなんて、絶対ダメだよ!」
「ああーっ!」
長い間、俺は殴られた。最後にはベッドから落とされ、蹴られ、踏んづけられた。抵抗はしなかった。暴力で解決するのなら、それでいいと思った。
鷹斗も疲れたのだろう。床にへたりこんでいた。俺はズキズキする腹を抱え、立ち上がって彼を見下ろした。
「鷹斗……兄ちゃんさ、まともになるから。何か職探して、ちゃんと家に金入れるから」
「どうしてわかってくれないの? 僕が望んでいるのはそんなんじゃない」
「じゃあ、何が望みなんだ」
鷹斗は立ち上がり、目線を合わせてきた。
「ずっと好きだった。ずっと兄ちゃんだけ見てた。物心ついたときから兄ちゃんで抜いてた。せっかく二人っきりになったんだ。想い、遂げさせてよ。好きなんだよ」
そしてぎゅっと抱き付いてきた。鷹斗は小さく震えていた。俺はそっと背中に腕を回した。俺たちは身長も同じくらいだった。彼が泣いているのがわかった。
「兄ちゃん、好き……好き……」
俺はただ黙っていた。
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