06 絵

 鷹斗は朝からどこかへ出掛けて行った。ようやく眠くなってきた俺は、ベッドに横たわった。意識を手放し、昼頃になって、鷹斗に起こされた。


「兄ちゃん。メシ食おう」

「うん……」


 駅前で買ってきたらしい牛丼を俺たちは食べた。鷹斗は行政書士のところへ行っていたということだった。


「この家の名義は僕と兄ちゃんになるから。すぐ済むってさ。税金とかも心配要らないよ。僕がする」

「ごめん。何から何まで……」

「ああもう、謝らないでよ。メシが不味くなる」


 食べ終えると、鷹斗はソファに寝転がった。両親が死んでから、彼は動きっぱなしだ。さすがに疲れが出たのだろう。

 俺はどうしようかと所在なく突っ立っていると、鷹斗が甘えた声を出した。


「ねえ……兄ちゃん。膝枕してよ」


 俺はソファに座り、太ももの上に鷹斗の頭を乗せた。彼は目を瞑り、口角を上げた。


「撫でて」


 言われた通りにしてやった。鷹斗の広い額をあらわにして、精一杯愛でた。可愛い、可愛い、俺の弟。


「兄ちゃんが居てくれて良かった」

「……こんな兄ちゃんでも?」

「うん。僕さ、兄ちゃんのことずっと自慢だったんだよ。勉強もできるし、絵も上手いし。中退したときはショックだったけど、こうして一緒に居てくれるのならそれでいい」


 確かに俺は絵が好きだった。鷹斗にせがまれるものを次々とスケッチブックに描いてやった。でも、もう何年も鉛筆を握っていなかった。


「あのさ、兄ちゃん。僕を描いてよ。昔みたいにさ」

「でも、もう上手くは描けないよ」

「それでもいいから。ねっ?」


 俺は部屋から道具を引っ張り出してきた。ダイニングテーブルを挟んで座り、鷹斗の顔を描いた。やっぱり腕がなまっていて、お粗末な出来だった。

 描いていると、やはり俺と鷹斗は似ていると思った。小さい頃は双子と間違われたこともあったと母から聞いていた。


「兄ちゃんは凄いよ。これからも描いたら?」

「……うん」


 ゲームもやる気を無くしてしまった。絵を描くことで少しでも慰めになるのなら、それもいいかもしれない。

 俺はもう一枚、鷹斗を描いた。今度は横顔だ。鼻の稜線を表現するのに苦労した。何度も練り消しで消してやり直した。長い時間をかけて、完成させた。


「わあっ、やっぱり上手い。兄ちゃんには絵の才能があるんだよ」

「そうかな」


 まだ鷹斗の魅力を引き出せていない。そう感じた。実物はもっと、猛々しくて、色っぽくて、自信のある男だ。

 本当は破り捨てたいような気持ちに駆られたが、鷹斗が気に入っているようなのでやめておいた。俺はスケッチブックを閉じた。


「鷹斗、午後からはどうするの?」

「手続き関係は全部返答待ち。さすがに休むよ。遺品はゆっくり片付ける。父さんの本が多いから苦労しそうだしね」


 父は通信事業の子会社の役員だった。自己啓発やビジネス本が好きで、いつも夕食後はリビングで読んでいた。そんな姿ももう、見られない。

 専業主婦の母は、結婚以来そんな父を支えていた。花梨の言った通り、穏やかな老後を送るつもりだったのだろう。俺というどうしようもない子供の存在はともかくとして。


「どうしようかな。そうだ、兄ちゃん。僕の部屋きてよ」

「えっ……うん」


 鷹斗の部屋は俺の向かい側だ。もう何年も入っていなかった。入ると、シャープなデザインのパソコンデスクが目に入った。俺の部屋とは違い、子供の勉強机は処分していたらしい。

 本棚には、大学生の頃に使ったであろう経済系の書籍が並んでいた。数冊マンガもあったが、吟味されてそこに並んでいるように思った。

 茶色いシーツの敷かれたベッドに鷹斗は座った。そして、ズボンのファスナーをおろした。


「ここでやって」


 鷹斗に指示された通り、手も使って彼に尽くした。


「同じ男なんだから、わかるでしょう?」


 ぐちゅぐちゅという卑猥な音が部屋に響き渡った。鷹斗は俺の髪を指で弄び、声を漏らした。

 今度もしっかりと飲み込み、俺は顔を上げた。鷹斗は俺の顎をさすった。


「よくできたね、志鶴。今度は僕がしてあげる」

「いや、しなくていいよ……」

「今度は優しくするって言ったでしょ? それとも何? 殴られたいの?」


 位置を入れ替え、俺はズボンをおろした。鷹斗の舌が、執拗に俺を攻めた。どこで覚えてきたのか、彼はとても手慣れていて、俺はすぐに達してしまった。これは絶対に初めてではない。


「なあ、鷹斗……もしかして、男としてたのか?」

「そうだよ。まともに付き合った相手は居ないけどね。高校の頃から、ネットで出会った奴とかとしてた」

「なっ……そんな……」


 俺は鷹斗の両肩を掴んだ。彼はそれを振り払うと言った。


「まあ、何でもいいでしょ。タバコ吸おうよ。リビング行こう」


 それ以上は追及できなかった。したところで何もならなかった。鷹斗は綺麗だ。彼女の一人や二人くらい居てもおかしくはないと思っていたが、まさか男とだなんて。

 コーヒーの缶に積もった吸い殻はそろそろ満杯になってきていた。灰皿買ってくるよ、と鷹斗は言った。

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