05 ふたりきり

 鷹斗に口内を犯されてから、俺はそのままベッドで眠ってしまっていた。夕方になり、起こされた。夕食だった。


「ラーメン、二人分作ったから。一緒に食べよう」


 まるで昼間のことが何でもなかったかのように、鷹斗は微笑んだ。ダイニングテーブルの上には、ネギやチャーシュー、煮卵が乗った醤油ラーメンがあった。


「まあ、全部買ってきたやつを乗せただけだけどね。見た目はいいだろ?」

「うん。美味しそう」


 実際、とても美味しかった。俺は無言で麺をすすった。あんなことがあった後だ。何を話せばいいのかわからなかった。鷹斗が口を開いた。


「さっきも言ったけどさ。僕に言わないで外に出ないでよね。買い物なら僕に言って。今までずっと母さんにそうしてきてもらったでしょう?」

「でも……」

「大丈夫だから。家事もしないでね。あと、花梨にも連絡するなよ」


 何もするなということか。しかし、鷹斗も仕事が始まれば、そうはいかないだろう。今まで家事は母が一手に引き受けていたのだから。


「兄ちゃんさ、家事くらいはするよ。というか、させてくれよ。これ以上鷹斗の負担になりたくないんだ」


 スープをいくらかすすり、俺は丼ぶりを持ってキッチンに行こうとした。


「待って。そこに置いとくだけでいい。洗い物も僕がやる。家事を教える方が負担なんだよね」

「……そう」


 俺はシンクに置いただけにした。どのみち食洗機の使い方もわからない。鷹斗が教えてくれないというなら何もしようがない。

 鷹斗はタバコに火をつけた。そして、俺に一本差し出してきた。正直喫煙は好きになれないと思ったのだが、椅子に座り直して吸った。


「鷹斗。タバコ、いつから吸ってたんだ」

「大学生になってから。母さんが嫌がるからコソコソしてた。父さんは気付いてたかもしれない」

「身体に良くないぞ」

「いいんだよ。もう僕だって大人なんだ。博打やるよりいいと思うけどね」


 俺はタバコの箱を手に取った。ピース。タールは二十一ミリグラムと書いてあった。けっこう重いんじゃないか。

 吸い終えて、自分の部屋に戻ろうとすると、鷹斗が声をかけてきた。


「シャワーは?」

「今日はいい」

「ダメ。一緒に入ろう」

「一緒に?」


 押されるようにして脱衣場まで行き、俺は鷹斗に服を脱がされた。彼の服は俺が脱がせた。

 よく鍛えられた鷹斗の身体を見ると、自分の貧相な身体つきが途端に恥ずかしくなった。血を分けた兄弟だというのに、ここまで違うものか。

 シャワーをかけられ、髪にシャンプーをつけられた。鷹斗は優しくほぐすように洗ってくれた。


「兄ちゃんの髪、綺麗だよ。このまま閉じ込めて標本にしたいくらい」


 泡を洗い流すと、今度は身体だ。鷹斗のごつい手が、あちこちに伸びてきた。


「いいってそこは……自分でやるから……」

「僕がする」


 するりと胯間に指が入り、手のひらで覆われ、しごきだされた。


「んっ……やめて……」

「昼は僕だけスッキリしたでしょう? 不公平だと思ってさ」


 石鹸でぬるぬると滑る鷹斗の指は、俺を的確に刺激した。自分でするときとは比べ物にならないくらいの快感が襲った。


「あっ……鷹斗っ……」

「我慢しないで声出しなよ。僕以外は聞いてないんだからさ」


 情けなく俺は声を漏らし、達してしまった。鷹斗は満足そうに笑うと、シャワーで白濁した液体を排水溝に流した。

 流れていくそれを見ながら、俺は虚ろな気分になっていった。抗えば良かった。何故俺は許してしまったのだろう。

 鷹斗はさっさと自分で洗い、浴室を出た。バスタオルで髪を拭かれた。もうされるがままになっていた。


「兄ちゃん、これから自分で抜くの禁止ね。僕がしてあげる」

「いや……おかしいよ。兄弟で、こんなこと」

「兄弟だからいいんじゃない。僕たちはこの世にふたりっきりになっちゃったんだ」


 これは一時的なものなのだろうか。そうであって欲しい。このままいくとどうなるのか。先を考えてしまってこわかった。

 小さい頃は、鷹斗は俺の後ろにくっついてばかりいた。内気な子供だった。それが野球を始めて、どんどん強くなっていった。

 鷹斗の存在は、俺にとって誇りだった。俺が両親に対してなし得なかった全ての期待に彼は応えてくれた。


「なあ、鷹斗。兄ちゃん、どうすればいいんだ……?」

「僕の言うことだけを聞いていればいい。何も考える必要なんてない。兄ちゃんには、僕しか居ないんだから」


 服を着てリビングに行くと、鷹斗は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。俺も一口飲まされた。

 その夜、俺は眠れなかった。何度もベッドの上で寝返りをうち、今日のことを思い返していた。

 遠くの方で救急車のサイレンが鳴った。俺は起き上がり、窓の外を眺めた。ここは二階だ。飛び降りたところで捻挫くらいしかしないだろう。

 鷹斗。一体どうしちゃったんだよ。

 リビングに行くと、タバコとライターが置きっぱなしになっていた。俺は一本取り出した。やっぱり喫煙は不味かった。そのまま俺は夜明けを迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る