04 始まり
帰ってきた鷹斗は、花梨の姿を見て一瞬表情を曇らせたが、すぐに明るい笑顔を作って言った。
「花梨。来てたんだ」
「うん。志鶴くんとコンビニ行ってたの」
「えっ? 兄ちゃんと?」
鷹斗は俺の顔を見た。
「そうなんだ。十年ぶりに外に行けたよ」
「ふぅん……良かったね」
俺たちはダイニングテーブルについて、あれこれ話をした。花梨の両親、つまり伯父と伯母は俺たちの暮らしをけっこう心配しているらしい。
「あたし、今フリーのデザイナーやってるんだ。だから時間の都合も合わせやすいよ。困ったことがあったら言って。手伝うから」
鷹斗が答えた。
「まあ、僕も会社の休みを長く取ってるし、何とかなるよ。家事だってできる。だから心配しないで。花梨の手は借りなくてもいいよ」
「でも……」
「大丈夫だから。それより、何か出前でも頼む? みんなお腹すいたでしょ」
俺たちはピザを食べた。久しぶりだった。まだ俺が高校に通えていた頃は、家族四人で食べていたこともあったな、と思い出した。鷹斗は終始笑顔だったが、それは貼り付けているだけのものだということに、花梨は気付いているのか、いないのか。
鷹斗は花梨に仕事のことを質問した。
「フリーって大変じゃない? そっちこそ生活大丈夫なの?」
「あはは、実はそんなに。実家暮らしだから何とかなってるって感じ。本当は、そろそろ一人暮らししたいんだけどね……」
「花梨って彼氏はいるの?」
「いるよ。そろそろ結婚とか考えないといけないかな。あたしも二十六歳だし」
二人の会話を聞きながら、俺は黙っていた。ピザの味は濃かった。麦茶で押し込んだ。俺のことに話題が及ぶのがこわかったが、鷹斗は花梨に彼氏の話をさせたので助かった。一つ年上の会社員で、付き合って二年になるらしかった。
「じゃあ、あたし今日は帰るね。また様子見に来るから」
「だから、大丈夫だってば」
玄関で花梨を見送り、リビングに戻ろうとすると、廊下で鷹斗に束ねていた髪を引っ張られた。俺が振り向くと、平手が飛んできた。
「なんで勝手なことしてんの?」
「勝手、って……」
「なんで僕に言わずに外に出たの? 兄ちゃんは家に居ればいい」
外に出られたことは、てっきり鷹斗も喜んでくれると思っていたのに。俺は目を見開いた。また、平手で叩かれた。
「あーあ。はたいても文句一つも言わない。面白くない」
そして、鷹斗は自分のズボンのベルトを外し、下着ごとおろした。
「しゃぶれよ、志鶴」
俺は硬直した。鷹斗は何を言っているんだ? ようやく出てきたのは、こんな言葉だった。
「えっ……冗談だろ?」
「本気だよ」
「そんなの、できないよ」
「社会の役にも家の役にも立っていないんだから、弟の性欲処理の機能くらい果たしてよね、この虫けら。さあ、やれよ」
鷹斗は確実に、おかしくなっている。そう思った。しかし、俺は言われた通り、何の役にも立たない虫けらだ。従うより他は無かった。膝をつき、くわえた。
「下手くそ。まあ、最初はこんなもんか……」
最初、という言葉がこわかった。鷹斗はこれからもこんなことをさせるつもりなのか。いくら肉親のものとはいえ、いや、だからこそ、口内の異物を早く吐き出してしまいたかった。鷹斗は俺の頭を掴み、腰を動かした。喉の奥にあたり、えずきたくなった。
「ちゃんと飲めよ。こぼしたら殴るから」
喉に注がれた。大人しく飲み込んだ。鷹斗はまだ動きを止めず、俺に最後まで舐めとらせた。やっと解放され、俺は床にへたりこんだ。胃からせりあがるものがあり、俺は慌てて立ち上がり、トイレへと駆け込んだ。
「あーあ、吐きやがった。まあ、吐くなとは言ってないもんな」
涙目になって鷹斗を見上げると、彼は口の端を歪ませて笑っていた。いつもの弟の姿はそこには無かった。俺は洗面所に行って口をゆすいだ。その間、鷹斗は戸口に立っていて、俺の事を監視していた。
「兄ちゃん、ごめんな? 無理やりさせて。辛かったろ?」
「うん……」
「今度からは優しくするから」
そして、鷹斗は俺にキスをした。舌が入り込んできて、絡み合い、俺は息が詰まった。強く抱き締められ、身動き一つ取れなかった。
「……ぷはっ」
「キスも下手くそ。中学のときは彼女いたんじゃなかったっけ? まあ、どうでもいいか……」
鷹斗はリビングに戻って行った。俺は自分の部屋に行き、ベッドにうつ伏せになった。実の弟にされたことが信じられなかった。そして、今度という言葉。間違いなく、またこれをさせる気だ。
両親の死。そしてお荷物の兄。そのことは、どれだけ鷹斗の精神に負荷をかけていたのだろうか。でも、誰にも相談なんかできない。花梨にもだ。また、求められたとき。俺に拒否する権利すらない。
涙がどんどんあふれ出てきた。俺さえきちんと高校を出て、働いていれば、鷹斗は歪むことなんてなかった。けれども、不思議な安息感があった。彼を満足さえさせていれば、こんな俺も生きていていいんじゃないか。
どろり、と喉の奥に感覚がよみがえった。俺はそれを押し殺すように、深く息をした。
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