03 花梨
翌日は、役所に行くと言って鷹斗は出ていった。そろそろ死亡の記載がされた戸籍が出来上がる頃とのことだった。
あんなに夢中になっていたスマホゲームも、両親が死んでからログインしていなかった。俺はあっさりとアンインストールした。
誰も居ないリビングのソファで、俺はインスタントコーヒーを飲んだ。テレビもつける気がしない。ただひたすら、時が過ぎるのを待っていた。
十時頃だった。インターホンが鳴った。荷物なら、不在票を入れてもらって、鷹斗に後日受け取ってもらえばいいだろう。そう思って動かなかったのだが、五回も鳴った。
「……はい」
俺は受話器を取った。女性の声がした。
「あたし。
「う、うん」
「ちょっと様子を見てきてくれって頼まれたの。入れてくれるかな?」
家族以外と会話をしたのは久しぶりだった。花梨なら大丈夫な気がした。玄関の鍵を開け、同い年のいとこを招き入れた。花梨は茶髪のセミロングで、最後に会った高校生の頃と比べると、かなり印象が変わっていた。
「久しぶり。うわっ、凄く髪伸びたね?」
「うん……」
母のお陰で、いつもリビングは片付いていた。ソファに花梨を座らせた。俺も隣に座った。
「鷹斗くんは?」
「今、役所に行ってるとこ」
「そっか。手続きとか大変だもんね。志鶴くんも、色々辛かったみたいだね」
「……そんなことないよ」
飲み物の一つくらい、出さないと失礼だろう。俺は言った。
「何か飲む? コーヒーくらいしか無いけど」
「あたし、コーヒー苦手なんだよね」
「そっか」
「一緒に買いに行かない? あそこのコンビニ行こうよ」
俺は固まった。コンビニなら、歩いて五分もかからない。
「志鶴くん、本当に家から出てないんだ。大丈夫だよ。あたしが居るからさ」
「でも……」
「ねっ、行こう。練習だと思ってさ。髪も結んであげるから」
洗面所に行き、俺の髪は花梨の手によってスッキリと一つに束ねられた。靴箱に眠っていたスニーカーを引っ張り出した。いざ履こうというとき、手が震えた。
「志鶴くん?」
「花梨……やっぱり、無理だよ」
花梨は俺の手を握った。
「大丈夫。ねっ?」
まるで子供がされるみたいに、俺はスニーカーを履かされた。玄関を出る瞬間、心臓がぴくりと跳ねた。太陽が眩しかった。
「ほら、志鶴くん。手ぇ繋ごうか」
無理やり花梨は俺の手を引っ張り、コンビニへと歩み出した。彼女はのんきな声で言った。
「あー、懐かしいなぁ。よく三人で繋いで歩いたよね。あたしが真ん中。志鶴くんはいつも道路側だった」
「そうだったかな」
すれ違う人の誰もが俺たちを見ているような錯覚に陥った。俺の長髪は嫌でも目立っているだろう。加えて女の子と手も繋いでいる。
「今日は涼しいね、志鶴くん。秋らしくて素敵。こういう天気に外に出られて良かったんじゃないかな?」
「かもしれないね」
確かに風が心地よかった。道の端に生えていた雑草が揺れ、鳩が鳴いていた。大きな駐車場のある路面のコンビニが見えてきた。俺は立ち止まった。
「ごめん、花梨。まだ恐いよ」
「こういうのは勢いだよ。飲み物買ったらすぐ帰ろう」
ぐいっ、と手を引かれ、俺はコンビニの中に入った。花梨は紙パックの紅茶を選んだ。俺も同じものにした。
会計は花梨がやってくれた。レジは自分でタッチパネルを操作しないといけないのに驚いた。
帰りは手を繋がなかった。お互い自分の紙パックを持って、並んで歩いた。
「鷹斗くんっていつ頃帰ってくるかな?」
「さあ……そこまでは聞いてない」
「とりあえず三人で話したいんだよね。帰るまで待たせてもらうね」
家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。遂に俺は十年ぶりに外に出た。花梨のお陰だ。
「ごめんな、花梨。気ぃ遣わせて」
「いいって。いとこ同士なんだし、遠慮なんてしないでよ」
ソファに座って、紙パックにストローを刺し、ごくごくと飲み込んだ。やけに喉が渇いていた。鷹斗は何時に帰ってくるのだろうか。いつまでも花梨と二人きりというのも気まずかった。
「それにしても、本当に急だったね。まさかお二人とも一度に亡くなるなんて」
「そうだね。俺もびっくりした」
「叔父さん、もうちょっとで退職だったんだよね。叔母さんとゆっくり老後を過ごしたかったでしょうに。本当に、可哀想……」
そこまで言うと、すっと花梨は立ち上がった。
「いけない。あたしったら、叔父さんと叔母さんに挨拶してない。どこ?」
「こっち」
俺は両親の寝室に花梨を通した。彼女は手を合わせ、目を閉じた。遺影の中の両親は眩しく笑っていた。
リビングに戻り、紅茶を飲みながら、葬儀の話をした。初めは家族葬にと鷹斗は考えていたようだが、父の会社の参列者が多く、それなりの規模の葬儀になったそうだ。いいお式だった、と花梨は言った。
昼前になって、鷹斗が帰ってきた。
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