第34話 夜這い
「はぁ……」
風呂に入ったあと、少しリビングで休憩をしていた。咲さんはこの瞬間もコーヒーを飲むことがあり、かなり中毒症状に侵されているのが分かる。今から仕事でもするのかとツッコみたいほどだ。しかし彼女の生活を縛ることはあってはならないこと。静かに眺めているだけだ。
テレビのチャンネルを回し、面白そうな番組がないかを確認する。案の定興味を惹かれるようなものはなく、僕はそっと電源を落とした。最近は面白い番組が減ったような気がする。家にいることが多かったせいかテレビを見るのが習慣化しているのだろう。だからこうも違和感があるわけだ。
大きなあくびした。ご飯も食べてお風呂にも入って、段々と眠くなってくる頃だ。
「ふわぁ〜……」
「あっ……」
「ふぁ……ん? ああ、咲さん……」
「眠たいのかしら? なんでもバイトをしたあとにすぐにご飯を作ってるのよね? それにもろもろの家事もやってくれて……体は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ……。寝れば治りますから……」
「すごい回復力ね。見習いたい」
咲さんは冷蔵庫に手を伸ばした。もちろん手に取るのはいつもと同じ、ペットボトルのコーヒーである。無糖のコーヒーを好んで飲んでいるが、咲さんの方こそ体は大丈夫なのだろうか。
「咲さんは? お仕事疲れてないんですか?」
「うん?」
「僕なんかよりもよっぽど働いてますし、疲れているのは咲さんのほうじゃないんですか?」
「私は全然そんなことないわよ。たしかに仕事は疲れるけれど、いつもやってることも多いしそこまで体にダメージはないはずよ」
「僕の方だって家事はいつもやってることですから、疲れるなんてことないと思うんですけどね……。それとバイトもそんなに疲れる業務じゃないですし……。じゃあ僕は一体なんなんだって話になるんですけどね……」
机に顔をつける僕。そんな僕を見て咲さんは声をかけてくれる。
「それだと顔がぺしゃんこになっちゃうわよ。それに、その姿勢のまま目を瞑っちゃうと寝ちゃうわよ? あ、寝たいのか……」
「寝たいってわけでもないです……。ただ、ちょっと休憩したくて……」
「でももうやることないのよね?」
「それは……そうですね……」
「夜中に何かしたいことでもあるの? それともしないといけないこととか?」
「曲を……作らないと……」
「曲? この前に言ってた友達の曲よね? それって締切とかはあるの?」
「ない、ですけど……早めのほうが……」
力が抜ける。咲さんの優しい声が脳に響いてくる。心地が良い。
「本当は、体キツイんでしょ? 急にバイトを入れたものね……。早く休んだほうが良いわ……」
「僕は……まだ……」
「わがまま言わないの。ほら、慎吾くんのお部屋に行きましょう。もう寝るわよ」
「は、はい……」
フラフラした足の使い方で頑張って歩いた。部屋にしかれている布団に寝転び、咲さんが毛布をかけてくれた。献身的な彼女に対して嬉しさが溢れてくる。
「スゥ……スゥ……」
「おやすみ……」
本当に力が抜ける。気持ちがいい。
「でもね、ごめんなさいね慎吾くん……。あなたの体、利用させてもらうわね……。おいで〜……光葉ちゃん……」
去り際の声は何を言ってるのか分からなかった。
☆☆☆☆
暑苦しい。何やら生暖かいものがそこにはあった。
「ん……う……。暑い……」
「んっ……。スゥ……う……」
頭がはっきりとしていない。スマホのアラームが鳴っていないことから、今の時間はまだ朝ではないということ。いつも朝早くから朝ご飯の支度をしているため、おそらく現在の時刻は6時も回っていないはず。体はしばらく動かなくなっており、寝返りを打つことも困難。それ以上に眠すぎる。
一体今は何時なのだ。
僕は枕の近くにおいているスマホを取り、画面に映し出される時刻を確認した。
「ん……? 4時? というか、これ僕の壁紙じゃないんだけど……」
可愛らしい猫の写真がそこに映し出されている。案の定時刻は早朝であったのだが、それよりもスマホの壁紙が気になった。僕のはこんなのじゃない。シンプルに無地の黒色の壁紙にしているはずだ。
それならこれは一体誰のもの? ここには僕しかいないはずだなのだが……少々嫌な予感がする。
そして、この生暖かい感触はなんだ。それにこの匂い……甘くて優しくていい香りがする。この香りを身にまとう人を僕は知っている。
生暖かく重量感のある感触、僕は腕を動かしてみた。
「んっ……ん……」
「おいおい……まじかよ……」
「う……んん……」
「なんでここにいるんだ……」
なぜ光葉さんが僕の布団に入っているのだろう。昨日の……厳密に言うと今日なのだが、僕は咲さんに促されてここに来たはずだ。おぼつかない足取りでここまで歩き、ゆっくりと、しかも一人でこの布団に入ったはずだ。
なぜあなたがいる。なぜあなたはここで寝ているのだ。
僕は寝息のするほうに顔を向ける。
眼の前に彼女の顔があった。
「ッ……。み、光葉さん……」
「スゥ……スゥ……」
「……」
気持ちよさそうに眠っている。無理に起こさないほうがよさそうだ。
「やっぱり、キレイな顔してるなぁ……。かわいいです……美人です……」
「ん……んぅ……」
「向かい合ってると息があたってくすぐったいな……。仰向けになろう……」
僕は光葉さんの方から顔を背け、何も感じないように天井を見た。
「なんかこのまま一緒にいると……変な気が起きそうだな……」
危険視しているのもつかの間。その変な気というものがすぐに起きてしまいそうな状況になってしまう。
隣で寝ている光葉さんがいきなり大きく動いてきたのだ。それに対応することのできなかった僕は、何もせずに彼女の動きを受け入れる。
ピッタリと体がくっついてしまった。完全に密着された状態となったのだ。腕は僕に抱きついているかのようにお腹の上を通っている。脚は同じく僕の脚に絡みつかせて離さない。
当然胸は当たっている。平常心を保つので精一杯だ。
「え……なに、え……?」
「んっ……んぅ……あっ……」
いかがわしい声を出さないでくれ。本当に変になる。
彼女の口は僕の耳元に寄ってくる。寝息は次は僕の耳に当たることとなった。これはまずい、本当にまずいぞ。
「スゥ……。フゥー……フゥー……。スゥ……」
「まじで待ってくれよ……これは本当にやってるやつだよ……」
「フゥー……フゥー……。んっ……」
「はぁ……」
体内の血流が急激に早くなった気がする。これではゆっくりと寝ることはできない。というかこの状態で寝られるわけがないのだ。
眠っている光葉さんを起こすわけにはいかないし、この状況で朝になるまで耐えるしかないのか……。
すると光葉さんはまたモゾモゾと僕に近づいてきて、より一層体に寄ってきたのだ。
口が耳に当たりそう。やばい。
「んっ……しゅ……」
「ん?」
「しゅきぃ……れすぅ……」
また彼女が動く。今度も同じように体に寄ってくる。しかしもう猶予はない状態。体が完全にくっついてしまっているのだ。
耳の感触に戸惑う僕。
「んっ……チュ……」
今、耳に……。
「んぅ……スゥ……スゥ……」
僕は平常心を保つので精一杯だった。
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