第33話 いつになったら進展するんだ
「それで! いつになったら! 進展! するんですか!」
ド直球な言葉が僕に突き刺さる。時雨さんはたまにキレッキレの言葉を浴びせてくるからキツイんだよ。見た目に反してズバズバと物を言う瞬間がとてつもなく恐怖心を煽られてしまう。こんなに小さくて可愛らしいのにギャップというのは強大なものだ。
僕はそれに対して何も答えなかった。時雨さんの言う進展という意味が深く理解できていたからだ。それにその言葉を浴びせられたのは僕だけではない。
今は夕食が終わり、片付けをしているところ。その片付けには彼女がいつも手伝ってくれる。
「高崎さん! 光葉さん! 一体いつになったら、そのモジモジとした微妙な関係性を変えてくれるんですか! はっきり言ってこっちはイライラしてるんですよ!」
「ちょ、ちょっと時雨さん! せめて僕一人の時だけでそういうことは話してくださいよ!」
「いいや! 我慢できません! たしかにお二人は仲良くご飯を作って、食べて、一緒に買い物をしたり洗濯をしたりとかなりの親しさですよ! でも! でもね! 見てるこっちはじれったいんですよ! ずーっとこの関係性で行く気なんですか!? まさかそんなはずな―――モガッ……!?」
「はーい、ちょっと声が大きいですよ〜? 今は夜ですからね〜? もう少し声を小さくしてくださいね〜?」
僕は時雨さんの口を無理やり抑えて、これ以上のことは喋らせないようにした。手荒ではあるが、しかしこうするしかこの子はずっと続けてしまうだろう。近くには光葉さんがいる。色々と面倒なことを口にして、それを光葉さんが聞いてしまったらあとから空気が悪くなるだけだ。
時雨さんが暴れているが、僕は簡単に丸め込んだ。体が小さいゆえに力が弱い。弱っちすぎる。貧弱であることを自覚して暴れるのはやめてほしい。どうせ叶わないのだから。
ジダバタしても無駄だと言い聞かせ、時雨さんはようやく止まった。
「……時雨さん。僕は光葉さんと特別な関係になりたいとは思ってませんよ……。ま、まぁ、たしかに彼女のことは女性として見てるところはありますけれど、それを直接伝えてしまうとかえって関係性が悪くなるかもしれません……。分かりました?」
「う、うん? でも光葉さんもお互いに異性として意識してたならどうですか? 私は推測しているのですが……」
「光葉さんが……? そんなのありえませんよ、僕ですよ? 元ヒキニート、現在は無職を脱却したフリーターです……男性として見れないでしょ……?」
「いいえ、そんなことないですよ。だって光葉さん、この前話してくれましたもん。高崎さんってどんな女性がタイプなんでしょうねって」
「え」
「あ、今ドキッとしましたね」
いや、そんなことはない。そんなはずはない。
光葉さんが僕のことについて異性として見ているなんてこと、ありえな―――。
そこで頭の中に流れ込んできたのは多くのこれまでの彼女との思い出だった。初めて会った瞬間から食事の時間、家事をしているときの会話、ゲームセンターでのこと、海でのこと。
そして現在、厳密には少し前が一番顕著だった。海水浴のあとの期間が最も分かりやすい。全てが収束して今に至っていると考えると時雨さんの言っている異性としての認識をしていることはつながってくる。
ありえない……。ありえるはずがない……。だって僕だ……。僕なんか男としては見れないし、見てはいけない存在だろ。そんなはずなのに、なんでこんなに期待してしまうのだろうか……。
「いや、ちがう……見てない……見てないはずだ……」
「高崎さんも、本当は少し期待しちゃってるんじゃないですか?」
「ちがう……僕は……僕なんか……」
「正直になりましょうよー……。正直になったって、誰も起こる人はいませんからー……。あっ、それか本人に直接聞きましょう! それならすぐに答えが分かるはずです!」
そんなことをしても……僕は……。光葉さんに直接聞けば手っ取り早いのは明確だ。しかしそれでいいのか? その後の関係性がおかしくなってしまうことはないのだろうか。
いやあるなら。仮に、ありえないのだが、本当にそうなのだとしたら、今後の僕は彼女にどう接するべきなのだ? 逆に彼女も僕にどう接してくるのだろう……。それが不安だ。
本当ではなかった場合もそうだ。接し方を間違えれば大きな亀裂が入ることは免れない。それに……その場合だと、少し僕が距離を置く可能性が高い……。結構ショックを受けると思う。
「チラ……」
「んっ……な、なんですか……」
僕はすぐに同じ方向を向いた。今はまずこの子を止めよう。いや、止めてはいるのだが、いかんせん説得力がありすぎて上手く口車にのせられてしまいそうだった。
でも……知りたいという思うのは本当だ……。僕の中で、光葉さんに対する興味は日に日に大きくなっているのは確かなのだから。
「み、光葉さん……」
「はい……なんでしょうか……。それより、あの……時雨さんが苦しそうな表情をしているのですが……」
「あっ、ごめんなさい」
「痛いですよ! もう! でもまぁ、今はいいです! ほら! 高崎さんは光葉さんに何を聞きたいんですか!」
おいこら、追い込むな僕のことを。
だが、率直に、正直に、何も邪魔をしてくる感情や考えはいらない。今はただ、自分の興味と期待のために、そして一番は自分のために、彼女に質問するのだ。
「み、光葉さん、は……僕のことを……」
「ん、はい……。高崎さんのことを、なんでしょうか……?」
「ぼ、僕のことを……その……僕を一人の人間の、男性として、見てくれているの……?」
「何を聞いているのですか……?」
「あっ……! いやっ! ごめんなさい! 変なこと聞いちゃったね! ご、ごめんごめん!」
ああ……また……。嫌なクセが出ている。そうやってすぐに誤魔化そうとするのが僕の悪い癖なのだ。
嫌がられたかな。
「は、はは……。あの……どう、思ってるの……?」
「当然、見ていますよ……男性として……」
「……」
その言葉を聞けて、僕は少し安心した。彼女は僕のことを男としてちゃんと認識してくれていたのだ。それを知り得る機会がなかったのだから。それを聞けて、とても、とてつもなく安心感に包まれる。
「あっ、いや、その……ありがとう……」
「い、いえ……」
そうして光葉さんはリビングから出ていった。僕はずっと突っ立っていた。
「高崎さん、顔が真っ赤だよ」
「で、ですよね……。なんとなく分かりますよ……」
時雨さんは小さく『良かったね』とつぶやいた。僕は静かに頷いて、熱くなっている顔を手で隠したのだった。
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