第31話 バイト先

 アルバイトの面接に行った。楽器屋さんのアルバイトだった。基本的な業務内容として接客があり、客からの質問にも対応するために音楽の知識もなければならなかった。一応僕は音楽に精通している方だとは思うからそこまで勉強をしていたわけじゃないが、それなりに最近のものについてを調べてみた。


 ロックバンド、ヒップホップ。多くの音楽のジャンルの中で、日本で親しまれているものを重点的に調べたのだ。時代の影響か僕の世代のバンドはもう若手とは言えなくなっている。少し悲しい。


「……で、どうしてここに? 他に興味を持ったバイト先はなかったの?」


「はい、私は音楽が好きです。バイトをするなら音楽に関わっているバイトをしようと思いましたので応募をしました。他に興味を持ったところは特にありませんでした」


「なるほど。うーん、好きなバンドは?」


「特定のバンドではないのですが、ジャズ系のバンドは無条件で好きです」


「なかなかオシャレなところが好きなんだね。ご自身の音楽の経験は?」


「ピアノとギター、ドラム……メジャーなものは全てです。ベースはギターと並行して習得しました」


「一人でバンドができるね。よし! 合格! いつから入れる?」


「あ、え、ご、合格ですか……?」


「うん、合格。君、喋り方も丁寧だし、それに音楽についても理解できてるし合格させないわけないよね」


「あ、ありがとうございます……! えっと、正直バイトのシフトはいつでも入ることができると思いますので、なんなら明日からでも大丈夫です」


「そうかい。なら明日から。ちゃんと来てね〜待ってるよ〜」


 ピアスを開けまくっている女性はそう言って僕に連絡先を渡してきた。かなりパンクな服装だったが面接中の会話を聞く限り、別に怖い人ではなさそう。おそらく好きなバンドのメンバーに憧れでも抱いているのだろう。


 速攻で面接が終わったが、さてこれからどうしようかというところ。本来ならもう少し時間がかかるものじゃないかと思ったのだが、全くもってそんなことはなかったな。


 暇である。バイト先となる予定……というかもう確定しているのだが、その店で楽器を見て時間を潰そうと考えた。することないし名案だと思う。


「何かお探し〜?」


「あ、店員さん……っていうか、さっきのお姉さん。えっと、そういえばお名前を聞くの忘れてましたね」


「あたし〜? 副店長でいいよー、どうせ名前で呼んでくれる人なんていないし、バイトの子や店長からもそう呼ばれてるからねー」


「なら、副店長で……。でも僕がそう呼んでるの違和感しかないような……」


「なんで〜? だって君、もうバイトで入ってくれるんでしょ〜? なら全然オッケーじゃん? でもまあ、とりあえずあたしは副店長ってことでねー」


「わかりました」


 副店長さんは続けて僕に絡んでくる。


「で、なんか気になる楽器はあるのかな〜? うちは何でも揃ってるからね〜、好きに見ていきな〜」


「そうですか、じゃあこのベース見てもいいですか?」


「これ? うーわ、これエグい値段のやつだ〜……。ふぅー! センスあるねぇ〜」


「かっこいいですね、これ。それでこれ、いくらなんですか?」


「それ200万」


「お返しします……」


 すぐに返品だ。即日返品だそんなの。僕みたいな半端者が触れていい品物じゃないぞ。


「いやいいよ〜。どうせ古いやつだし店の中に置いてても誰も手にとってくんないやつだからね。誰が触ろうとなんの影響もないよ」


「そうなんですか、なら……」


 思う存分に触った。そんなにベタベタしたわけではないのだが、しっかりと弦の部分は触ってやった。


 それにしてもデザインがおしゃれだ。ところどころに入っている金の装飾が高級感を増幅させる。


「これいいですね……。でも、どうしてこれはこんなに高い値段になってるんですか?」


「これは昔に活躍した有名なアーティストが店長に渡したものなんだよ。それでお店の商品として飾ったんだけど、値段の相場がわからなかったらしくてこのくらいに設定したら、誰も手を付けてくれないの。それで君が初めてってわけ」


「はぁ。そっか、なんか特別感がありますね」


「買っちゃう?」


「そんなわけないです」


 副店長さんは高らかに笑って楽しんでいた。当たり前か、と当たり前のことを言った僕に対して、非常に高い声でそう返した。


 なんだか陽気で楽しい人だな。お酒でも入ってんのかってくらいにはフレンドリーだし、個人的にはすぐに仲良く慣れそうな気がする。しかし酒は飲んでいるのかいないのかわからないぞ。


「弾いてみる? 試奏だよ」


「いいんですか? お言葉に甘えて」


 僕はノリノリでベースの弦を弾いた。カッコいい。気持ちいい。高い楽器をタダで弾かせてもらうのはこの世で一番コストパフォーマンスに見合っていることだと思う。


「ふむ。君、チョー上手いね」


「ありがとうございます。でもまだまだですよ」


「なんかバンドでもやってたの?」


「一応前に……。僕が脱退しちゃったので、それっきり弾いてなかったんですけどね……。あっ、試奏はもうこの辺で……。荷が重いです……」


「どこでやってたんだい? ここ神奈川?」


「東京の方で……」


「脱退したあとは何してたのー? 他の方でバンドしてたのー?」


「あ、それが……」


 副店長さんは察してくれた。僕の履歴書に存在している空白の時間。その時間のことを思い出してくれたのだ。


「なるほどね、もしかして無職だった?」


「その響き、ちょっと心に来ますね……」


「じゃあニート?」


「うっ……は、はい……。でも引きこもりながらも音楽のことはやってましたよ。友達がヒップホップの人間なので、たまに曲を作ってあげたりとかはしてました」


「すごいじゃん。それって有名?」


「赤ラビっていうやつです」


 僕は赤兎のことを喋った。でもアイツのことを話したとしても、そこまで個人情報が流出するほどのことを持ってないしな。まあいいでしょ。


「うそ。有名じゃん。あのアレでしょ? どこかの有名なラッパーをディスってた曲出してたよね」


「それ僕が作ってます。あ、歌詞はアイツです」


「ひょー、なかなかすごいじゃん、君。でもさぁ、東京でバンドしてたって聞いたけど、どうして脱退したの? 何か理由でもあったの?」


「あー……それは……」


 副店長さんは僕の顔色をうかがって、この話題をやめようとしてくれた。でも僕だっていつまでも過去を気にする男じゃない。もう嫌なことはすでに終わっていることばかりだ。


「病気になったんです。喉の……」


「ありゃ……それはキツイ……」


「それに、僕はボーカルだったので色々と問題が発生して……。それに加えて、所属してた事務所からめちゃくちゃなことされて、結局僕以外のメンバーでデビューしたんですよね……。その間にそこそこバンドは売れて、僕は喉を治すために頑張ってた中で、今度は心の病気になっちゃいました……」


「……やめようか、この話」


「いえ、続けます。もう体は大丈夫なんですよ! このとおり喉も治りましたし、僕自身が立ち直りましたしね。でも、僕も本当なら……って思っちゃう時があるんです……。これって変でしょうか……?」


「全然変じゃないよ。それは誰しもが思うことだ。羨むことはいけないことじゃない。むしろいいことだ。ここから頑張ろうって思うことにつながってくるんだからさ」


「ありがとう、ございます……。そう言われて少し楽になりました……」


「ははっ! いいさ! 怖いお姉さんからの面倒なアドバイスだと思ってくれりゃ。でも、なんかあたしも分かる気がするなぁ……」


 僕は副店長さんの顔を見た。少し悔いを含んだような表情だった。


「あたしも似たようなことあったよ。音楽の方向性の違いであたしだけ脱退したんだ。あたしは自分のやりたい音楽をしてた。でもグループは売れるための音楽をしてた。そしたらそこそこ売れちゃってさ……。でも、あたしはこんなのしたくないって思って抜けちゃったのさ。ほら、似てるだろ?」


 僕は副店長さんに肩を組まれた。


「だから、おんなじさ……。一緒に明日から頑張ろうや……」


「はい……」


 静かに心の中で感謝をして、僕はその店をあとにしたのだった。

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