第29話 映画を見よう!

 ある日、雪斗さんが大きな声で僕に頼んできた。


「お願い! お兄さん、ボクが学校に行ってる最中にさ、このレンタルしたDVDをレンタルビデオ屋さんに返してきてくれないかな? これ明日の夜にはもう延滞料金かかっちゃうから! お願い! 本当にお願い!」


「え、なんでそんなものをずっと持っていたんですか……。延滞料金が発生するっていうのは前々から知ってたわけですよね? どうして今頃になって……しかも僕が返しにいかないとじゃないですか……」


「お願い! 本当に! お願い! お願いしますぅ! 一生! 一生のお願いだから! どうしてもボクの手で返しにはいけないかもしれないの! お兄さんはアレでしょ、昼間はだいたい暇でしょ? だからお願い!」


 ぐはっ。ナイフで刺されたくらいの殺傷能力を持っている言葉を投げつけられた。はたしてそれは刺されたのか投げられているのかはっきりしていないのだが、どちらにせよ僕にとっては苦しくなるものだ。


 雪斗さんの言うとおり、僕は現在仕事についてはいない。仕事のようなものをしているのであって、正式に仕事として管理人をやっているわけではないのだ。


 この前だっておばあちゃんに、いい加減仕事でもしたら、とこちらはショットガン並みの破壊力を持つ言葉をぶっ放され、現在進行系で悩んでいるのだ。


「よかったですね、僕がまだバイトしてなくて……。もし早めにバイトをすることが決定してたら、雪斗さんの代わりに返却しに行くなんてことしませんからね」


「してくれるの!? ありがとうお兄さん! じゃあこのレンタルしたやつなんだけどね、宇宙から侵略者が来るやつでしょ? それからそのシリーズの5作品でしょ? それから巨大な虫が出てくるやつでしょ? で、そのシリーズが全部で6作品」


「え、合計11ですか……?」


「うん! 11だね!」


 いや多くね? 流石にそこまで多い数借りるか? それにそれを僕に頼むってことは、自分でレンタルした店まで持っていくのが面倒に思っただけだろ……。まさか女子高生にパシリにされてしまうとは……。


 しかし断れないなぁ……。断る理由もないし……いや面倒だってのは断る理由にはなるのか……。でもさっき、自分の口から暇だってことを伝えちゃってるしなぁ……。


「合計11枚! それじゃあ、これをショッピングモール内にあるお店に返却してほしいの! お願い! お兄さんにしか頼めないからさ!」


「ええ、まあいいですけど……」


「ヤッター! じゃあこれらを返却してくるのと、それからボクが次に借りるやつをここにメモしておいたから、それを借りてきてほしいの! 明日だよ! 絶対だよ! 忘れたらお金かかっちゃうからね! いいね!」


「あー、はいはい……これを返して……また新しいやつ、を―――って、はぁ!? ちょっと待ってなにそれ! 聞いてないです聞いてないです!」


「聞いてないよー、そりゃあね。ボク言ってないもん」


「だからですよぉ! 先に言ってくださいよ、それ!」


「えー、だって先に言ったらやってくれないじゃん? だからねー、ちょっとだけど頭を使わせてもらったよ、残念だったねお兄さん……! フッ……!」


 そうして雪斗さんはさっそうと消えていく。階段を上がって自分の部屋に戻ったのだろう。ていうか、頼むためだけに降りてきたのかよ。忙しいなぁ……。


 それにしても、女子高生にパシリにされるわ、女子高生にはめられて、なんか返却してくるのと同時に新しいものを借りることもさせられてしまうのか。


 なんたる屈辱。自分ってこんなに流されやすい男だったかな。


 小さなノートの切れ端のようなメモには無数の文字が書かれている。


「えっと、ゾンビ系3作品くらい……ホラー系3作品……あとはラブストーリーのものを何個か……」


 ピックアップではないだろうが。これは単なる候補の単語をまとめたものだ。


 それにしても多いわ! あとこの中に存在するラブストーリー物の場違い感すごいな!


 静かにそのメモをいつも使っている鞄の中に入れた。レンタルしたDVDが入った袋も一緒に入れた。




 ☆☆☆☆




「グォアァァァァッ!!!」


「ギィヤァァァァァァ!!!」


 汚い液体にまみれながらその正体不明な生命体はうごめいている。


 しかしだな……こう映画というものを楽しむためにしているのは分かるのだが、それでも流石にここまでの雰囲気づくりで部屋を暗くするのはどうかと思う。映画の光が顔に照らされているのだが。


「あのー、暗すぎません? 雪斗さんが映画を見る時、こんなに暗くして見てるんですか?」


「うん? うん、そうだよー? だってこの方が映画館で見てる感じがするじゃん? だからいつもこのくらい暗めの部屋にしてるー」


「映画館の再現ですか……。なるほど、でも流石に僕が慣れなさすぎて、映画から出てる光が眩しく感じるんですけど……。それから目も悪くなるって言いますしね」


「いんや、もうボクは慣れちゃってるから大丈夫でしょー。そのうち目が麻痺してくるからさー」


 麻痺しちゃダメだろ。僕は常に目は良い状態にしたいのだ。


「はぁ……。じゃあこのままで見ましょうか……」


「うん! あー、でも音がうるさかったら調整してくれちゃっていいからねー。ボクは音よりもこの空間を映画館の雰囲気に近づけたいだけだから」


「こだわりですか、それ」


「変なこだわりでしょー」


「自覚あるんですか。はは、映画が好きというのもなかなかいいものですね」


 僕は雪斗さんの配慮どおり音量を調節した。この子、部屋の暗さだけでなく音量までも普段とは格段に上に設定していたのだ。そんなのでいいのか、感覚がおかしくなってしまうぞ。


「いつものテレビの音量にしますよ? いいですね?」


「おけおけー」


「はい、じゃあこれで設定と」


 操作後、明らかな違いに少し驚いた。こんなに違うものなのか。いいや、しかしこれは雪斗さんの音量の設定が良くないな。耳に悪いだろ、これ。


 僕は雪斗さんが座っている隣で並びながら映画を見た。


「うげぇ……。汁出すぎてて結構エグいですね……」


「でしょー? でもそこが良いっていうねー」


「いいんですか、これが……?」


 ホラーやこういうグロテスク系もどちらも行けるタイプである雪斗さん。本当に楽しそうに画面にかじりついて見ていたのだった。


 それなら僕は邪魔をしてはならない。自分で楽しんでいるのだ、そこを邪魔すれば僕はクソ野郎に早変わりだ。


「う……」


「んっ……」


「映画、どうですか? 楽しめてますか?」


「楽しい、てすよ……。映画は私も好きですし……」


「でも見る前は、こういう系が来るって思わなかったですよね?」


「それは、まあ、そうですけど……」


 なんとなく気まずい雰囲気。映画館の雰囲気よりもまずこの光葉さんとの雰囲気を意識してほしいものである。


「うっ! 気持ち悪い、ですね……」


「もしかしてこういうのに耐性ないですか?」


「見慣れませんし、あまりこういう系統のものは……というかそもそも見たことないですし……」


「そうですか」


 僕は雪斗さんにそのことを伝えて、彼女をどうするのかを話し合った。


 頑なに追い出すなと言う雪斗さん。布教したいのは分かるが、これからどんどん気分が悪くなっていったらどうするんだよ。


「キャッ……!」


「(え……? は……? え、ちょっ、え……?)」


「すみません高崎さん……。その……びっくりしちゃったので……。痛くなかったでしょうか……?」


「痛くないですよ。でも抱きついたりするのはあまりしないようにしましょうね」


「は、はい……」


 今、完全に不意打ちを食らってしまった。柔らかい、そしてあたたかいものが当たっていたのだ。一瞬だが頭の中が真っ白になったが、気絶寸前のところでどうにか踏みとどまった。


「あの……」


「はい、どうしました?」


「怖いので……近くで手を、繋いでもよろしいでしょうか……?」


「……は、はい。分かりました」


「ありがとうございます……。では、失礼しますね……」


 スルリとその細くて白い腕は、なんの躊躇もなくなんの前触れもなく、まるでそうすることが本来のあり方であるかのように、違和感など存在しないかのように、それは自然なくっつき方だった。


「んっ……」


「あ……はっ……。ぐっ、くぅ……」


 当たっている。柔らかいものが、全体的にまんべんなく触れている。


 雪斗さんは映画ではなく僕たちの方に注目していた。なんなんだそのニヤニヤした顔は……。まさか僕と光葉さんを隣で、しかもかなり近めに座らせたのはこれを予感してのことだったのか……?


 思い通りに動いているのが恥ずかしいし、なにより今この状況自体が恥ずかしい。何なんだこの状況。


 映画の内容など入ってこらず、ただひたすらに柔らかいという感触だけで頭がいっぱいだった僕だった。

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