第27話 ……で、どうなの?
「では、僕は買い物に行きますね。今日はセールの日ですから、明日の買い出しの予定はなしにしますね」
「えっ……。い、今からですか……?」
「そうですけど……。何か不都合でもありますか?」
「な、なら私も……行きますね……。ご一緒させていただきたいです……」
「それだと今作ってるカレーの火元を誰かが見ないといけませんよ? 僕はてっきり光葉さんがやってくれると思ってましたが」
「ですが……」
「すぐに終わりますから大丈夫ですよ。そこまで多い荷物にはならないと思いますし、光葉さんはここで火元見ててくださいね」
「う……でも……」
「いいですね。じゃあ僕は行きますから」
「あ……うぅ……」
半ば強引に距離を取った僕。そうでもしなければ光葉さんは付いてきてしまうのだ。
最近の自分がおかしい。光葉さんと一緒にいると、どうしても落ち着きがなくなってしまうのだ。たしかに彼女がいつもどおりに僕の近くで作業することがあるし、コミュニケーションを取るだけのことがそこにはあるのだが、どううしてか自分の心の中でモヤモヤしている感情がある気がするのだ。
女性にはもう慣れているはず。彼女のみに対しての反応ではなかった。光葉さん以外の女性であっても、近くに来られると異常にびっくりしたり、鼓動が早くなっているようなのだ。
「僕、本当におかしくなったのかなぁ……」
独り言でそうつぶやく。
「いや、敏感になっているだけだろ……。別に光葉さんに対してだけってわけでもないし……。そうだ、敏感になっている……ただそれだけのこと。他の理由はないはずだ……」
「何がー?」
「だから、僕は女性に対して敏感になっているだけってことだよ。別に光葉さんのことを心のどこかで特別に感じているわけじゃないってこと」
「特別に感じてないのー?」
「そりゃあそうでしょ。たしかに彼女、最近になって妙に僕の近くにいることがあるなぁ、って思うけどさ……。でも、こっちだって男だし変に考えちゃうよね」
「どう考えちゃうのー?」
「だからそれは―――ッ!? 雪斗さん!?」
「えへへー! ようやく気づいたー!」
背後に雪斗さんが立っていた。先ほどから誰かに質問攻めを食らっているなと感じてはいたが、僕が頭の中を訳のわからないことをグルグルと回転させていたために気づかなかったのだ。
雪斗さんは満面の笑みで光葉さんのことについて聞いてきた。
「お兄さんはさー、好きな人とかいるのー?」
「えっ……。あ、いや……いません、けど……」
「ふーん?」
「いないです、よ……」
「変な間だね。どうしたの? 何か心当たりでもあった?」
「な、ないですよ! 好きな人はいませんし、仮にいたとして何って言うんですか!」
「いやいや、ただの興味本位だよー。でも仮に……もし仮に好きな人がいたらだけどね。その好きな人さぁ……多分お兄さんのことを好きになってると思うよ」
「えっ……」
「言葉の通りだよー。両思いの可能性が高いのであーる」
「な、なんでそんなことを僕に伝えるんですか……。だって僕には好きな人いませんから、そんなことあるわけないじゃないですか……」
特大のため息をついた雪斗さん。少し呆れた顔で僕を見る。
「本当にいないのー?」
「い、いませんよ……本当に……」
「本当にー? いないのー?」
「いませんよ……」
「ふーん?」
ニヤリと笑い、雪斗さんは提案した。
「じゃあ光葉さんをボクの知り合いの男性に紹介してもいい?」
「え……」
「光葉さんがその人と恋人になってー、結婚までしてー、最終的には子どもも生まれてー、幸せな家庭を築いていくのー! 素敵でしょー?」
「……」
僕は頭が真っ白になった。
「だからー、紹介してもいいー?」
「嫌だ!!!」
そこで僕は我に返った。しかしもう遅い。墓穴はすでに掘っている。
脚の半分くらいまで入っているといった状況。でもまだ誤魔化せば足首くらいまで引っこ抜けば、そうすればまだいけるのではと考えてしまう。
「あ、いや! 今のは!」
必死の誤魔化し。理由が思いつかない。
「光葉さんなんだねー。やっぱりねー」
「うぐ……」
墓穴に押し込まれてしまった僕なのであった。
☆☆☆☆
「んー? あれ、光葉さん?」
「あ、梨花さん……」
「今日は何? わぁー! カレーだぁー! やったぁー!」
「今日はお野菜がいっぱい入ったカレーですよ……。じゃがいもににんじんも、大きめのサイズでカットしたものを使ってますから、食べごたえ十分だと思います……」
「そうなんだー。ところでアイツは?」
「高崎さんですか……? 高崎さんは明日の食材や洗剤などを買ってくるそうです……。今日はセールらしいので、明日行かなくてもいいと言っていました……」
「ふーん。光葉さんは一緒に行かないんだ?」
「ふぇ……?」
「いつもは一緒に行ってるのに、今日は行かないんだね。どうしたの? 何かアイツに言われたの?」
「ん……」
光葉は少し暗い顔をして、慎吾に言われたことを梨花に話した。
「あの、火元を見ていてほしいと言われたんです……。私もご一緒させてほしかったのですが……断られてしまいまして……」
「……なんだか辛そうだね、光葉さん」
「いえ……そんな……。でも、いつもは断ることなんてなかったものですから……ちょっとびっくりしちゃって……。嫌だったのでしょうか……」
「嫌っていうのはないと思うけどさ、でもやっぱり光葉さんもやりすぎだと思うなぁ」
キョトンとした顔をする光葉。その顔に新鮮さを感じたのか、梨花は『あはは』と控えめに笑った。
梨花の言葉に驚いているのかしばらくそんな顔をしたまま、何もなかったかのように鍋の方に顔を向ける。しかし梨花は明らかに動揺を隠せていない光葉を見て、呆れながら、可愛らしくて面白がった。
「な、何を……やりすぎだと、言うのですか……」
「んー? 別にー? ただちょっと最近の光葉さんは距離感っていうものを分からずに生活していたのかなぁー、って思ったの」
「距離感、というのはさすがの私も分かりますよ……」
「でもさ? 近すぎると思うよ?」
「私はっ……あれくらいの距離のほうが……お顔も見えますから……ちょうどいいかと、思います……」
「そうなんだ。やっぱりね」
その梨花の返答でようやく光葉は気づいた。自分が無意識に慎吾との間にある距離を口に出していたことを。
そう。梨花は何も言っていないのだ。誰のことに対してなのか、誰との間のことを言っているのか、この誰というのは一言も言っていないのである。
慌てふためく光葉。その様子が面白かったのか梨花は笑いをこらえている。
「いえっ……! 今のは違うんです……! そ、そうです……! 咲さんとの間の距離感です……! 最近は少し顔を近づけて話すようになったんです……!」
「プフッ……」
「う……うぅ……」
「フフッ。光葉さん? 流石に無理だよ?」
「うぅぅ……」
梨花はとりあえず光葉を席に座らせた。カレーはグツグツと煮込まれている。しかし溢れ出るくらいに沸騰することはない。
うつむき、顔を真赤にする光葉。口を滑らせてしまったことで、自分の胸の内をバラさなければならないという状況になってしまったのだ。恥ずかしさと胸の中を駆け巡る苦しさ、そして鼓動が完璧にマッチしている。
梨花はド直球に聞く。
「……で、どうなの?」
「どうって……。私の行動を見れば分かると思います……」
「え、分かんないなー」
「んぅ……イジワルですね……」
「ごめんごめん。可愛くって、つい。それにしても分かりやすい心境の変化だよね。アイツのどこがよかったの?」
「恥ずかしいですけど、単純で……」
光葉は海水浴でのことやゲームセンターでのこと、それから最近の会話でのことについて話した。
梨花はびっくりした顔をする。
「えー、そんなことあったんだ!? なんでそれをもっと早く言ってくれなかったんですかー!」
「だって、色々と恥ずかしいし……何より、私と高崎さんだけが知っている秘密にしたかったので……」
「は、甘すぎなんだが」
「え、えぇ……?」
「まあいいよ。光葉さんもしっかりと乙女だったってことが分かったし、アイツ側がどう思ってるのかは後々分かると思うから、今は簡単な攻撃だけでイケるっしょ」
「でも……私、あまりアピールすることが分からなくて……。梨花さんならどうしますか……?」
「簡単ですよ、アイツは男だよ? ほら、光葉さんの持ってる特大の武器があるじゃない!」
大胸筋を指差し光葉に伝える。察した光葉はまた頬を真っ赤に染めたのだった。
――――――――――――――――――――――――――
悲報。ここに来てコンテストの文字数足りないかも。
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