第26話 胸があたってます

 キッチンにある机。そこに四人の女性がそれぞれ向かい合いながら座っている。


 重苦しい雰囲気の中、小柄な少女が静寂を切り裂く。


「では、これから女子たちによる会議を始めたいと思います。まずこれまでの数日、一週間ほどの調査の結果……高崎さんと光葉さんが至近距離で会話をしている回数は18回。一週間に2回は近づきながら会話をしているんです」


「はーい! ボクから質問! その至近距離って具体的にどれくらいの距離感なの?」


「いい質問ですねぇ。では再現しましょうか。咲さんお立ちくださいな」


 銀髪の女性と小柄な女性は立ち上がり、今度は立ちながらでの向かい合いとなった。身長差が分かりやすく、これでは例として成り立たないのではと質問者は感じた。


 元気な声で手を挙げる。また今度も同じ質問者だった。


「はいはい! それだと身長差が出すぎてて分かりにくいでーす! ここは梨花ちゃんがやってくれるそうでーす!」


「むむっ!? まさか私がチビっ子だと、そう言いたいのかね雪斗さん!」


「だってそんな光葉さんって時雨さんくらいの慎重じゃなくて、ボクや梨花ちゃんくらいの慎重じゃん? 咲さんはお兄さんの背丈が近いからそのままでいいけどさ」


「むぅ……。分かりました、では梨花さんお願いしますぅ!」


「なんでアタシが……」


 今度は金髪の女子高生が銀髪の女性と向かい合った。さて、これではどうだろう。頭半分くらいの差が出ており、例えとしては最適だと質問者は納得した。小柄な少女は自分の体つきをじっくりと見直した後、向かい合った二人を見て、『私じゃ無理だよぉ〜……』と諦めた。


「はいっ! 雪斗さん、どうでしょうかこの距離感! この二人の距離感はどう! ほら、もう背後から誰かに押されでもしたらどう! くっついちゃうよね!? 顔面くっついちゃうよねぇ!?」


「時雨さん? テンションあがり過ぎだよ……。でもたしかに、至近距離と言えば至近距離だよねぇ……。この距離感で会話をするとなると、そりゃあ親しい間柄じゃないと出来ないかな」


「でしょ? しかも男女でこんな近いなんて、明らかに光葉さんはこころを許しちゃってるという証拠! 高崎さんの方はどうか分からないですけれど、光葉さんの方はまず相当な落ち具合です」


 金髪の女子高生と銀髪の女性は限界だったのか、小柄な少女にやめてもいいかどうかを聞いた。


「なぁに、梨花ちゃんもしかして咲さんの顔見てドキドキしちゃったのかなぁ?」


「嫌な言い方しないでよ。そんなんじゃなくて、咲さんの胸がアタシの胸と当たっちゃうから、圧迫感があってキツかったのよ」


「ふーん。二人は胸が大きいからねぇ。でも光葉さんがこの下宿の女子内だと一番胸が大きいからなぁ……。着痩せしてるからわかりにくいけど……ん?」


「どうしたのよユキ?」


 ボーイッシュな女子高生は閃いてしまった。閃かなくてもいいことを突然の電撃が走ったかのように、脳内で凄まじい速度で瞬間的に思考したのだ。


 さきほどの二人の向かい合い方。顔面と顔面がくっついてしまいそうなほどの距離感。本当は身長差があるため、おでこと口があたってしまいそうなところだったのだが、ここでボーイッシュな女子高生が重要視したのはそのではなく、胸。


 金髪の女子高生は上から覆いかぶさられるように銀髪の女性の胸が当たっていたのだ。そう、当たっていたのである。彼女の方にも大きい胸があるのは承知だが、それでも当たりそうなほどの距離感なのである。


(まさか……これは……)


「ねえ、本当にどうしたのよユキ? お腹でも壊した? 具合でも悪いの?」


「ちょっと待って! 今度はボクが梨花ちゃんの代わりになる!」


「急に何よ……」


「さあ! 咲さん! 思う存分に胸をボクにぶち当ててぇ!」


「は、はぁ? 何言ってんのよユキ……」


「やれば分かる! やれば直ぐにみんなも分かるから! さあ! 早く! 咲さん早く!」


 思惑通り自身の体に少し触れた。本人は勝ち誇った顔で笑う。


「ふっ! 当たった! ボクも当たった!」


「で、見てても何も分からなかったんだけど……。何がしたかったのよユキ……」


「さっき、ボクの胸にも当たったんだよ。いいかい? ボクの胸はそこまで大きくはない。それにボクよりもお兄さんの体のほうが大きいのさ。そこで咲さんの胸が少し当たったということは、どういうことか分かるかい?」


「なっ!? まさか……!?」


「そんなっ……!? 本当に!?」


「ウソ……でしょ……!?」


 自信に満ち溢れる顔をしながらその女子高生は言った。


「この距離感は、ギリギリ胸が当たるか当たらないかの微妙なラインなのさ!」


 女子たち一同に電撃が走る。そう。この距離だと体が触れる可能性が高いのである。


 可能性が高く、しかも当たる部位というのがこれまたデリケートでセンシティブなものだ。つまりこの一週間ほどの距離感が続いていたのであれば、胸が体に当たっている瞬間もまた訪れていたということ。


「え……エッチすぎ、る……ぐふっ……!」


「時雨ちゃーん! しっかりしてー!」


「さすがにそれはまずいわね……。いや、まさか……光葉さん側から、そうしてきているというのも考えられる……」


「そう! だからこそ、光葉さんは完全に落ちちゃってるのさ!」


「そ、そんなことが……!? あっていいの……!?」


「あっていいんです! というか、もうあっちゃってるんです! すでにそういう事象が存在しちゃってるんです!」




 ☆☆☆☆




 ソファに座っている。隣には光葉さんがいる。


「み、光葉さん……? その……いつも思うのですが、やっぱり少し離れませんか……? さすがにこれは……」


「お嫌ですか……? それに、そこまで近いとは思わないのですが……」


「いえ! 嫌というわけではないのですが、その……僕も男ですし……変に考えちゃうのでやめてほしいんですが……」


「そんなんですか……。では、どのような考えなのですか……?」


「え?」


「その高崎さんの考えてしまうというのは、一体どういった考えになっているのかな……と思いまして……。知りたいと思ったのです……」


「あ、いや……」


 言葉をつまらせる僕。言いたいことは出てきている。言うべきことも分かっている。その問いに対しての最適な回答は頭に浮かべている。


 しかし出ないのだ。出せないのだ。恥ずかしさと同時に襲ってくる自分の意志や心が形になったものが大きい。最適解を言えばいいだけなのに、しかしそれを僕の正直な心が邪魔をする。


 邪魔をするなよ。何もしないでくれ。じっとしていてほしかった。


 光葉さんは僕をじっと見つめている。飲み込まれてしまいそうな魅力的な瞳は、僕の最適解を吸い込んでいきそうなものだった。


「あの……」


「はい……」


「胸があたってるからです」


「え……」


「その……胸が、すごく当たってしまっているので……僕もやっぱり男性ですから……色々と心が苦しいといいますか……。あの、離れてもらえると助かります……」


「す、すみません……! 私てっきり……!」


「てっきり? もしや他のことでも?」


「い、いえ……! ち、違うんです……今のは……!」


 何が違うのだろう。てっきり、という言葉を使うということは他のことを考えていたのだろう。僕ははっきりと正直に、男性としての理性の壁が今にも崩れそうだからというのを恥ずかしくなりながらも、言葉を濁して言ったと思うが……。


 他のことってそれ以外に考えられるか? それとも胸があたったことに驚きすぎたのだろうか。しかし気づいていない中でそう言ったのは違和感がある。


「その……私のことを意識しているのかな、と思ってたので……。胸が当たっていたことは気づいていませんでした……。すみません……」


「い、意識、ですか? 意識はしてますけど……それ以上に意識せざるを得なかったですから……」


「意識はしているのですか……?」


「そ、そりゃあ、まあ……。でもさっきのように胸が当たることもありますから、少し離れましょうか。そうじゃないとまた当たりますし、だから―――ッ!?」


 光葉さんが抱きついてきた。突然、突発的に、なんの前兆もなく。


「何……してるんですか……?」


「んっ……」


 胸が当たる。僕は自分自身の体内での血の巡りが早くなっていることが分かる。


『ムクッ』


 特に下腹部に力が入り、しかもそこには光葉さんの胸がかなり距離にある。接してしまいそうなほどの至近距離。光葉さんが離れようと動くと、僕の硬くなったモノが彼女の胸に触れた。


「んっ……」


「あ……」


「その……すみません、でした……。離れます……それと、今度からは気をつけます……」


「は、はい……」


 ソファから離れ、僕からも距離を置く光葉さん。すぐにリビングから彼女は出ていき、顔を赤くしながら扉を閉じた。


「大きくなってた……」


 扉越しの彼女の言葉は僕の耳には届かない。

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