第25話 ますます怪しい二人
日を増すごとにギクシャクしながらも距離が近くなっていく慎吾と光葉。その二人を物陰から険しい顔をした少女が監視していた。
「ふっふっふ……! てぇてぇ! てぇてぇですなぁ! グヘヘへ……!」
時雨は双眼鏡を片手に二人を尾行していた。さらには口の動きから会話までも予測し、その内容をメモ帳に書き入れていた。
料理の食材を買うためにスーパーへ行った二人をまた尾行する時雨は、電柱や住宅の塀を壁として巧みに利用し隠れながら気づかれないように彼女らの動きを確認していた。
待ちゆく人々はその小さな体躯の少女を、年頃の可愛らしい中学生だとでも思っているのだろう。しかし中身は完全なる二十歳の大学生。やっていることは立派なストーキング行為であり、警察に突き出せば一発でアウトなのである。
そもそもストーキング行為そのものが問題なのではあるが、時雨の場合だと体の小ささからはそのような行為をしているとは感づかれにくい。しかし明らかに気配のようなものは発しており、町中でもかなり異質の空気を醸し出しているのである。
気づかれてしまうのは時間の問題。だが時雨は尾行をやめなかった。ひたすらに二人を追い、個人的な興味本位で彼女と彼の仲を探っているだけ。バレたとしても正直に話すか、それか最近の二人がどういった関係になりつつあるのかを純粋に知りたかったとでも答えればいい。時雨は開き直っている。
近くには交番があるがお構い無し。街の人は違和感を抱いてはいるが、対して気に留めていない模様。こういうところで問題はなくならないことを助長しているのだな。
「ふむふむ……。『僕は、今日はシチューにしようかなと、思ってます』か……。今日はシチューなんだ〜! やったー!」
しっかりとメモをする時雨。シチューを食べられることを聞けて嬉しそうにし、すぐに監視を続ける。
「ふむふむ……。光葉さんはぁ〜……『いいですね、私もシチュー好きですよ。今日の料理もご一緒しますね』ねぇ〜……! う~ん! 光葉さんもなかなか積極的に行くじゃないですかぁ〜!」
一人でテンションが上っている時雨。
そう。彼女もまた、梨花と同じように光葉の心境を感じ取っていたのである。光葉と慎吾との距離が近くなった時、まさかと考えていたのだ。しかし光葉の性格上だと慎吾に対して思いを抱くようなことはないと信じて疑わなかった。
しかし状況が一変。時間が経つに連れて、光葉の表情が柔らかくなり、慎吾と一緒にいる時に頬を赤らめているのが確認されたのである。それは料理の時でも買い物に行くときでも、ふとした瞬間の会話でも、それはどんなときでも毎回訪れる瞬間になってしまっているのである。
そうして時雨の考えは確信に変わった。
「ふへへぇ〜……。光葉さん〜、私には分かりますよぉ〜……! バレてないと思ってるんでしょぉ〜? 私やみんなの前ではそっけない感じの素振りしてますけどねぇ〜、私はお見通しですよぉ〜……!」
好意を隠しきれていない光葉を時雨は見えないところで情報として集めていた。今でもこうしてストーキング行為をしているのも、陰ながら二人の仲を知り一人で楽しむというもの。
好意がバレバレな光葉を見て可愛いと思い楽しむ時雨。女子たちに気づかれないように何も変わったことはないと、みんなの前ではそっけなく振る舞う光葉を見て可愛い思い、また楽しむ時雨。
時雨はスマホを取り出し二人に向けた。これはもう盗撮行為である。
「そうそう! その顔! その顔ですよぉ〜! 光葉さんその顔です! そのちょっと赤くほっぺを染めてる光葉さん! その顔いっぱい! もっとちょうだい!」
慎吾と会話をしている光葉。日頃と同じくやはり頬を赤らめていた。彼女の中にある自然と湧き出る気恥ずかしさと大きな嬉しさが体に現れているのだ。さらに表情もずっと笑顔になっている。これは楽しさの現れなのだろう。家の中でもこのようにしているのであれば、やはり女子たちに感づかれてもおかしくはない。
本人は大丈夫だと思っているのだろうが、さすがに難しい。いっそのこと隠そうとしなくてもよいのでは、と時雨は思った。
スーパーの目の前に来た二人。買い物をしようとカゴを手に取ろうとした慎吾だった。
「あっ、すみません光葉さん」
「いえ、私の方こそ……。も、持ちますよ、カゴ……」
「大丈夫ですよ。買うものも多いですから重くなりそうですし、光葉さんに持たせるなんてしませんよ」
「そうですか……」
双眼鏡越しに見る光葉の頬はほんのりではなく、絵の具でも塗ったかのような鮮やかな分かりやすい赤色だった。
「ふおぉぉぉ!!! あつすぎぃー! お手々がごっつんこしちゃってあそこまで赤くなるぅ!? あー! 光葉さん分かりやすくて可愛いでしゅぅー!」
時雨も当然かのように店内に入っていった。店内なら商品棚があるから尾行していることは察しにくいこともあり、なおかつ人の目が行き届きにくい場所であるからだ。時雨は二人がいるすぐ真後ろの商品棚の物陰に隠れ、耳を澄まして会話をよく聞いていた。
「ふへっ……ふへへ……。てぇてぇ……! もう付き合っちゃえよぉ〜……!」
慎吾の気持ちを汲み取らないまま光葉の気持ちを優先した一言を発した時雨だった。
☆☆☆☆
光葉さんと買い物に来た。
「あっ、このジャガイモお安いですよ……。明日の晩ご飯のことも考えると、お徳用の物を買ったほうがいいですかね……量も多いですし……」
「なら、明日のご飯は肉じゃがにでもしましょうかね。それとポテトサラダとかも食べたいですね」
「きゅうりも人参も買っておきましょうか、たしか入口の近くに価格の安い物があった気が……」
「どこですか? ではそちらの方に行きましょうか」
「そうですね……」
僕の隣にピッタリとくっついて歩く光葉さん。最近そんなふうに距離が近くなっている気がする。自意識過剰かもしれないけれど、どこか僕と行動を共にしようとしているのではと考えてしまう。
そうでなければ買い物に来ようとする人なんてそうそういないだろう。管理人の仕事でもあるし、たまに咲さんがご一緒してくれることもあるが、基本的には僕一人での仕事のはず。それが今や彼女が隣に歩いている。
「あの……光葉さん?」
「はい……どうしました……?」
「ち、近いです」
「近づかれるのはお嫌ですか……?」
「嫌というわけではないですけれど……その、僕って漢だし変なニオイとかしたら嫌だなぁとか思ってて……。光葉さん、最近僕との距離が近いから……」
「嫌ではないなら、このままでもいいかと……」
「でも、光葉さんは僕のニオイとかは、嫌じゃないんですか?」
「何を言っているのですか……? 別に嫌じゃないですが……。それに高崎さんは変なニオイしませんし……」
そっかぁ。よかったぁ。
ん? でも待てよ? 僕のニオイは変じゃないというのは、光葉さんって普段から僕のニオイ嗅いでたってことになるだろ。
……まじ? なんか恥ずかしくなってきた。
「ちょっとまってくださいね、自分で確認しますから」
「はい、確認してください……。全然変なニオイはしませんよ……というか、むしろ無臭ですかね……。これといってニオイはしないように思いますが……」
「クンクン……」
「どうですか……? しないでしょう……?」
「分かんない……」
「えぇ……」
「自分のニオイって自分じゃ分からないっていうのがあるじゃないですか。多分それのせいで、僕自身じゃわからないんだと思います」
「嗅覚は大丈夫ですか……?」
「大丈夫です!」
そうですか、と光葉さんは表情を変えずに言う。僕の言ってることは間違いじゃないはずなんだけど、やっぱりこういうのって個人差が出てくるものなのかな。嗅覚が異常に鋭い人でもこの現象はあるらしいし、うーんどうなのだろう。
光葉さんは何も言わずに近づいてくる。
「私が確かめます……」
「へ?」
「ご自身ではわからないのでしょう……? では他の人にこういうのは任せるべきだと思います……。そうですね、やはり私ですか……」
「あのっ、ちょっ!?」
顔を近づけてきた。これは本当にニオイを嗅ぐという行為。
「クンクン……クンカクンカ……」
「あのっ……光葉さん……!?」
「ふむ……。やっぱりいいニオイ、ですよ……?」
心臓が爆発しそうだった。顔も赤くなってるのが分かるし、恥ずかしい。
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