第23話 ナンパされてますよ光葉さん②

 この男たちは海の家の近くで僕と一緒に海に来ていた女性陣を狙っていた者たちだ。


「あぁ? 誰だよお前? 俺たちはこの子と話してんだよ。邪魔してくんなやコラ」


「いやいやー、僕はこの子の連れだからさー、一緒に遊んでた身だからさー、なんか困ってそうだったからさー。助けに入るのは当たり前でしょ?」


「だからその連れだとしても邪魔してくんなよってことだろうが。勝手に割り込んできやがって何なんだよてめぇ」


「だからこの子の連れだって。さっきも言ったはずだよ? それに話していた最中に割り込むのは当然じゃないかな? 僕はこの子を探してて、君たちがこの子の動きを止めてたってわけでしょ? 君たちこそ邪魔をしてほしくないなぁ……」


「なっ、テメッ……!」


「遠くにいたから探したんだよ、光葉ちゃん? ほら、みんなのいるところに戻ろうか!」


「は、はい……!」


「そうそう、手をつないで、離れちゃダメだよ。もし離れたら、またこんなふうにガラの悪い男たちにナンパされちゃうからね」


「ッ……! はい……!」


 僕は光葉さんの手を引いてその場を動こうとした。しかしまた男たちの声で立ち止まる。


「おい待てよぉ!」


「なに勝手に連れてってんだよコラァ!」


 またガラの悪い男たちがガラの悪い言葉を連発して威嚇してくる。体は大きいが心は狭いようだ。さっさと家にでも帰ったら良いのに……。そうすればこうしてトラブルなく済むのにな……。


 はぁ……。面倒くさい。


「何か?」


「テメェさっき俺らのことナンパとか言ってたよなぁ? なーんかムカついてきたなぁ! 別にいいぜ? お前がその気なら代わりに色々と遊んでくれても」


「あ、いい遊び考えたわ。俺たちとお前で殴り合いっていう遊び。どうする? やるか?」


「まあでもこんなヒョロそうなやつがこの殴り合いで俺たちに勝つとかありえねぇけどな!」


「それもそうだな! あ、でもこれは遊びだから勝ち負けとか別に関係ないんだけどな! だからお前もこの遊びに警察呼ぶんじゃねぇぞ?」


 いきなり話が飛び過ぎなんだが……。僕はこんな男たちとゲームとか別にしたくないんだけど……。


「あ、あの……高崎さん……」


「大丈夫ですよ。安心してください」


 光葉さんが僕のことを名字で呼んだ。今までだと管理人さんという代名詞で呼んでくれていたのだが、ここに来て名字呼び。彼女の中で僕という存在が初めて認識されたのか!?


 いやいや、今はそんなことに感動している場合ではない。ひとまずこの男たちをどうするかだ。


 それほど格闘に自身があるのだろう。体も鍛えていそうだし、これは確実に一方的にボコれると踏んでの要求だ。要求と言われるほどではなく、僕が強制されてその要求を今にも飲まされそうになっているだけなのだが……。


 さて、どうする僕。後ろには光葉さんがいるし、大きく動いての格闘は出来ないだろう。


 ならば先手必勝のあの技か……。瞬殺すれば問題はない。


「ならいいかぁ? おらぁ!」


 一人の男が拳を上に振り上げる。大きく振りかぶって一気に僕に向かって振り下ろした。


 下半身が隙だらけだ。


「えいっ」


「がはぁっ……!」


 一瞬何が起こったのか分からないだろう。後ろにいる光葉さんは、僕が何をしたのかまるで理解できていないようだった。同じくもう一人の男の方も、無様にそして苦しみながら悶えながら倒れている男を見る。


 戸惑いの目をしていた。振りかぶった拳は僕に当たりはしなかった。目の前を下に向かってすり抜けて、そのまま崩れ落ちたのだ。何も言えないだろう。叫ぶほどの痛みだというのに、その痛みの原因のせいで声が出せない状態になっているのだ。


 下半身、及び股のあたりを手でおさえる男。それを見て心配する男。蔑みの目で見る僕。驚く光葉さん。なんだこの構図。


「てめぇ! 何しやがった!」


「え、何って……弱点に蹴りを入れただけだよ……。男なら分かるでしょ……」


「弱点って、何が!」


「ほら、股の間をおさえてるでしょ。見えないの? 男なんだから理解してよ。女性もいるんだから説明させないでよこんなこと……」


「てめぇ、卑怯だぞ!」


「知らないよ。殴りかかってきたのはそっちでしょ? ああ、でも警察を呼ばないって言ったのは君たちなんだしさ、まさか殴られたこと報告しないよね?」


「ぐっ……!」


「そんなダサいことしないよね?」


「いや、まだ俺が!」


「あー、でも僕もう疲れちゃったからさー、あとは僕の連れが相手してくれるみたいだよ。赤兎ー、雷牙ー、こっちこっちー」


 僕は彼ら二人を召喚し、事情を説明した。意気揚々とシャツを脱いだ赤兎はその自慢の龍と英語を見せつける。雷牙もシャツを脱ぎ、背中から肩にかけて入っている赤いハートと英語のお絵かきを存分に見せつけた。


「おいおい、うちの慎吾に何してくれてんの?」


「光葉ちゃんはうちの慎吾とランデブー中だったんだけど? なに邪魔してくれてんの?」


「この二人はなぁ! 生涯を添い遂げる仲って決めてんだよ! 邪魔してんじゃねぇよ」


「それともなんだ? このぶっ倒れてるやつみたいになりてぇの?」


 男は倒れているもう一人を担いで逃げていった。去り際に放った渾身の『スイマセンデシタァー!』という謝罪の言葉があったから、まあ許そうかな。


「光葉さん、大丈夫ですか?」


「うぅ……」


「行きましょうか。歩けますか?」


「コク……」


 光葉さんは震えている。怖がっているのが見て分かる。


 やっぱり許さん。




 ☆☆☆☆




 少し歩いたところで落ち着いたかどうかを確認した。


「光葉さん、大丈夫ですか? 何か怪我とかはありませんか? あの男たちに手を掴まれていましたので、何かされていないか気になります」


「いえ、何も怪我とかはなかったのですが……その……」


「はい。どうしました?」


「こ、怖くて……」


 光葉さんはまた僕の着ているシャツの裾をその小さくて可愛らしい指で、しっかりと、離さないように離れないように掴んだ。力のこもった指はどこか不安感を示しているようにも感じる。


 自分が複数の男性から狙われたという恐怖感。自分ではどうしようもなくなって、助けを求めていたあの目は……まさに恐怖心そのものを見せられていたようだった。


「光葉さん、どうして助けを呼ばなかったんですか?」


「それは……」


「大体わかりますけど」


「怖くて……声が出なかったんです……」


「そうですか、やっぱり……」


「すみません……」


「光葉さんが謝ることじゃないですよ。光葉さんは何も悪いことしてないんですから。でも、よかったです。無事で」


「はい……」


 スルスルと光葉さんは僕の裾から手を離した。シャツのその部分は少しシワになっている。


「あの……手を繋いでもよろしいですか……? 先程まで繋いでいたのに、その……恥ずかしくなって離してしまったので……」


「え、ええ。いいですよ。でもどうして急に? あのまま裾でもよかったですよ?」


「いえ、その……。離れたくなかったものですから……。繋がっていたいと思ったので……」


「ッ……」


 なんだか意味深に聞こえるが何も聞かなかった。聞いても聞かなくても、どうしたってこの微妙な雰囲気の中、恥ずかしい気持ちをしていることは変わらないのだから。


 しばらく歩く。


「あの……」


「はい……」


「ありがとうございました……。助けていただいて……」


「助けるのは当然です。全く、ナンパなんてやめてしまえばいいのに……。たしかにかわいい子を狙うのは分かるけど、やめてほしいですよね本当に……」


「その……」


「は、はい」


「ほ、本当に……ウッ……あの……怖くて……。すみません……」


 涙を拭う彼女の姿に僕は寄り添うことしかできなかった。


「大丈夫です、大丈夫ですよ」


「何かお詫びを……」


「いや、いいですよそんなの! 本当に! 困ってる人がいたから助けた、ただそれだけですよ!」


「でも……!」


「いいですから! ほら、行きますよ! 皆さんが待ってます」


「あ、あの……!」


「何ですか、今度は」


 光葉さんは顔を赤くしながら、これまでにない羞恥心を感じながらも自分の意志を口にした。


「その……色々と要求してすみませんが……手を繋ぐのではなく、私と腕を組んでもらえませんか……? いえ……その方が離れることはないですから……! ですから……その……」


「いいですよ。はい、どうぞ」


 光葉さんは恐る恐る腕を絡め、そして二人でくっつきながら歩いていく。


「フフッ……!」


 重苦しかった光葉さんの表情は、いつの間にか控えめに笑ういつもの彼女に戻っていた。

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