第19話 海に行こう!④

「終わった……」


「キャッキャ! あぶぶぶぅ〜!」


「なんだお前、笑ってんのか。僕のことバカにして笑ってんのか、ああん?」


「ぷきゃ〜! あぅぶぶぅ〜!」


「赤ん坊の分際で僕のことを笑うなんて、さすがは雷牙の子どもなだけはあるな。将来は人をバカにして笑いものにするような野郎になりそうだな」


「うぅ? キャッキャ!」


「何をそんなに笑うことがあるんだよ。なんだよ? 女性に対して耐性がないこと知って嘲笑ってんだな? 赤ん坊のオレ様ならこんなにチヤホヤされるのになぁ〜、とか心のなかで思ってんだろ? なあそうだろ?」


「赤ちゃんをイビるのはやめてください……。泣いてしまいますよ……」


 声をかけてきたのは光葉さん。僕は彼女の方を見ずに静かに『はい……』と返事をした。


 でも少し見てみたい気もする。彼女が今、どんな表情で僕のことを見ているのか、僕のことをどう思っているのかを見てみたかったからだ。自分の今後にも関わってくることであるから、そこのあたりは確認したかったのだ。


 チラリと目を動かす。


「……」


 やっぱりそっぽを向いていた。これでは表情どころか言葉の印象も変わってしまう。顔が見えていないと、どこか僕に対して不快に思っているという感情がのっているのではと感じてしまうのだ。


 しかしなんとも言えないこの空気。どうにもならない気まずさ。自分の責任があるのは分かってるが、これはどうにも自分が原因だと思いたくない状況。


 逃げ出したい。


「あ、あの、光葉さんは泳がなくていいんですか……?」


「先ほども言いましたけど、泳ぎは……」


「で、でもテントの中で子守ばかりをするのも疲れますし、何よりお暇ではないかなぁと思いまして……」


「ッ……それは、そうですが……」


「ほ、ほら皆さんと遊んできてはどうですか……? 僕はここで待機してますよ……」


「分かりました……」


 そうして光葉さんは海の方へ向かった。泳ぎが苦手でも全くと言っていいほど泳げないわけではないのだろう。そうじゃなければそもそも海になんて来るはずはないのだ。そうだよ、僕は子守をするためにここへ来たんだ。決して楽しそうだなぁ、なんて羨ましそうに見てるわけじゃない。


「楽しそうだな」


 自分に嘘をついた。意思の弱い男です。


「キャッキャ! あぶぶー!」


「あぁ? なんだよこら。そうやって指さして、僕のことを本気でバカにしてるだろ」


「ぷぎゃぎゃ〜!」


「それならどうすれば僕は光葉さんとの仲を戻せるのか教えてくれよ。笑ってるんなら教えてくれよーい」


「うっうっ! ぶっ!」


「え、なに。今度はどこ指してるの」


 指し示す先には海の家があった。つまり、そういうこと。


「食べ物でなんとかしろってか? そんな子どもじゃあるまいし」


「うっ!」


「ぐぁあー! 目に指を突き刺してんじゃねぇよ! 痛いだろうが!」


 凶暴な赤ん坊だ。やはり雷牙に似てるな。


 僕は海にいる雷牙に向かって手を振った。そして戻ってこいというジェスチャーをした。




 ☆☆☆☆




「なぜ全員分の食べ物を……」


 僕はパシリにされてしまったらしい。まずは焼きそばを雷牙と僕、それから女性陣は光葉さん以外の方たち。光葉さんはいつも少食だからかご飯はなくていいとのこと。代わりにかき氷でも買ってきてほしいと頼まれた。


 しかしそれだけで足りるのだろうか。夏の暑さはキツイものであるため、そんなものではしのぎきれないのではないか?


「焼きそばを……えっと、何個だっけ……。あー、7個ください。あとかき氷のいちご味を一つください」


「オッケーっす! 全部プラのパックでお持ち帰りでよろしいですかー!」


「はい、それでお願いします。あ、あとソフトクリーム一つで」


「分かりましたー! 焼きそば7つ入りまーす!」


 すごい声だ。元気いいなぁ。この賑やかさはやはり海には付き物なのだろう。


 周りも子連れやカップルやらで大盛況。人ってこんなに多いんだなとしみじみと思った。


 焼きそばのパックと箸がビニール袋に詰められ、さらにかき氷のガリガリという音が聞こえる。しかしまあ、この量を一人で運ばせるともなると罰ゲームか何かかな。僕ってそんなに不遇な扱いが似合う男なのだろうか。


 すると横から何やら二人の男の会話が聞こえた。


「おいおい、向こうの浜辺に美人な女子たちが遊んでやがるぜ〜? やっぱりここはナンパしねぇとだよなぁ!」


「そうだよなぁ! そんでうまく行けばベッドインまで行けるんじゃねーの?」


「うっひょー! ビキニ姿で美人でスタイル良いなんてマジでパーフェクトだよなぁ! 行くっきゃねぇだろ!」


 下品な会話だ。視線の先には咲さんや雪斗さんといった女性陣。なるほど、狙いは僕たちのところというわけか。


 とっとと先ほどいた場所に戻った。戻ったと同時に焼きそばが入った袋を雷牙に取られ、連鎖的に雪斗さんも手を出してきた。食いたいのは分かるが、買ってきた僕に何かねぎらいの言葉でも述べたらどうだね。


「ん? あれ? お兄さん、手に持ってるそのソフトクリーム、誰の?」


「これですか? えっと……」


 光葉さんの方を見る。


「光葉さん、かき氷だけでは足りないですよ。これバニラ味です。どうぞ……」


「どうして……」


「あ、あの……さっきはすみません……。これでどうか……」


「ッ……」


 また光葉さんはそっぽを向いた


「えっー!? 何かあったの二人ともー!?」


 聞かないでください。


 僕は何も喋らなかった。喋るもんか。

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