第16話 海に行こう!

 ある時、時雨さんが言った。


「いやぁ〜、もう少しで夏ですねぇ〜」


「そうですね。大学生なら色々と楽しめるんじゃないですか?」


「それはそうなんですけどねぇ〜、夏季休業に入ると一斉に実家に戻っちゃう人が多いんですよねぇ〜。そうなるとしばらく会えないですから遊びに行くというのも難しいんですよねぇ〜」


「そうですか。それはそうと、その喋り方なんですか?」


「何がですかぁ〜?」


「いえ、そのフニャフニャしたような覇気のない喋り方です。時雨さんのいつもの喋り方ならもっとこうハキハキしたような喋り方だったと思いますけど……」


「嫌ですかぁ〜?」


「嫌ではないですけど……」


「五月病ですよぉ〜」


「もうゴールデンウィークはとっくの昔に終わってますけど……」


「少し遅れた五月病ですよぉ〜」


「タイムラグあるんですか、それ」


「私にだけなる症状みたいですぅ〜」


 あてにしちゃだめだな、こりゃ。


「大学のテストも単位落としてませんし、これからはハッピーな夏休みが迎えられますねぇ〜」


「良かったですね。こうしてダラダラと過ごすのも悪くはないと思いますよ。活発に動くよりもやはり体を休ませたほうが……」


「海に行きましょう!」


「……ん?」


「海に行きましょう!」


「さっきもそのセリフは聞きましたよ。はぁ……五月病はどうしたんですか? 何もしたくないみたいなことおっしゃってましたよね?」


「嘘です!」


「誇らしげな顔で騙して来ないでください」


「とにかく海に行きたいです! 遊びましょう!」


「……。まあ、海にはいきたいですよね。ちょうどいい季節ですし」


「やったぁ!」


「ずいぶんと嬉しそうですね……。本当に五月病は嘘だったみたいですね……」


「どうやって行きますか? どこの海に行くのかも決めましょう!」


「いやいや、そもそもいつ行くのかを考えてからですよ。それに僕と時雨さんの二人で海に行くわけじゃないですよね?」


「え? 当然皆さんも行くんですよ! 高崎さんとサシで海に行くなんて、そんなのカップルがデートしてるみたいじゃないですか!」


 ですよねー。変な勘違いをしてしまった。


 あとどうでもいいけど、時雨さんが『サシで』とか言ってるとイメージ崩れるからやめてほしい。切実に願う僕。


「そうと決まれば計画を立てましょう! 皆さんのスケジュールを聞いて、それから……」


「移動手段やら荷物やらは僕が考えておきますよ。時雨さんは皆さんに伝えてくださいね」


「了解です!」


 そうして夏の海水浴が決まった。




 ☆☆☆☆




 下宿の駐車場に停まっている二台の高級セダン。ラフな格好で赤子を抱っこする女性とそこから少し離れた位置でタバコを吹かしている男性が一人、佇みながらこちらを見ていた。


「な、なんかすごい車が停まってるよ、お兄さん!」


「ええ、すごい車ですね雪斗さん。なんとも高級そうな車が二台も、ビッカビッカな黒色のセダンが二台も停まってますね」


「や、やっぱり高級車よね、慎吾くん。あんなのを移動手段として使ってもいいのかしら……」


「大丈夫ですよ咲さん。あそこにいるタバコ吸ってるカッコつけの男いるでしょ? あれ僕の親友なんですよ、それとこの車もあの男のやつですし、遠慮しないでください」


「そうなの? じゃあ……」


 男がこちらにやってきた。なにやら不機嫌そう。


 タバコを吸っていた男は地面で火を消し、それを見せつけながら言う。


「おい、女がいるなんて聞いてないぞ」


「言ってないからね。男だけとも言ってないよ」


「お前マジで……! 人使いの荒いやつだな。野郎だけのビーチって思ってたのに、なんでお前のハーレム見せられないといけないんだ……。しかも海で……」


「ハーレムになんかならないよ。僕は泳がないからね」


「はっ! だが予想はあたった。そんなことだろうと思って、事前に水着を用意してたんだ。ほら、これ使え」


「えっ? いや僕は……」


「使えよ。お前、俺に車出させといてそれはないよな?」


「……はい」


 その会話を聞いていた女性陣。あらかじめ自分は泳がないと話していたから戸惑っている様子。


 泳ぐの確定かぁ……。まじかぁ……。


「よぉーし、それじゃあ二つのグループに別れて車に乗ってください。僕はこのクソ男……雷牙らいがの方に乗るので、あちらの奥さんの方に乗るかは各自で話し合ってくださいね」


 男の名は『羽柴はしば雷牙らいが』という、僕の同級生だ。この男とは小学校から高校までをともにしてきたある意味一番付き合いの長い男だ。実家の親同士が仲良しというのも縁だな。


 セダンの外装は汚れもキズも一つもない新車のような美しさだった。


「お兄さん、ピカピカでカッコイイねぇ〜」


「お? ショートカットの嬢ちゃん、この良さが分かるのかい? 話が合いそうだな」


「うん。誰だってこのカッコよさは理解できるはずですよ!」


「ははっ、そうだろ?」


「ピカピカっていうより、ビカビカって感じですよね。濁点が付きますよ」


「黒光りになってて眩しいくらいだろ?」


「話の最中に気になったんだが、ゴキブリみたいだな」


 頭を叩かれた。痛い。


「はよ乗れ」


 その不機嫌はいつ直るんだよ。


 雷牙の運転する車の方には、僕と雪斗さんと時雨さん、それから光葉さんが乗った。奥さんの運転する方には咲さんと秋風さんが乗った。


「なんでお前が助手席なんだよ」


「ダメだったか?」


「お前にはトランクがあるだろ」


「席でもねぇよ」


「ていうか入らねぇか」


「当たり前だろ。大人だぞ」


「おいそれだと子供なら入るみたいな言い方だぞ。やめろよ、子どもいるんだから」


「ここには乗ってないだろ」


「でも大人でもバラせばなんとか入るな」


「こえーよ」


 意味不明な会話を聞いて女性陣が笑っていた。楽しそうで何よりである。




――――――――――――――――――――――――――



 季節感が迷子で草。

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