第15話 ゲームをするよ光葉さん②

「うぅ〜……。んぐぅ〜……」


 光葉さんの意外な一面に興味が湧く。


 いつも静かな光葉さんは何を考えているのか分からない人だった。話をしても常に必要以上のことは喋らないようなそんな人。この前なんかも僕の作ったご飯を食べて感想を言ってくれたが、『美味しいです』以外の言葉は出てこなかった。


 語彙力に乏しい? だが咲さんや雪斗さんが言うには彼女は頭が良いらしく、秋風さんや雪斗さんといった高校生二人の勉強に付き合っていることがたまにあるという。それなら事務職員としての仕事をしっかりとこなしているはずだし、やはり静かな性格だからだろう。


 静かな性格といっても、コミュニケーションが取れないというわけではなく、僕ともみんなとも話はできる。会話が続くかどうかは知らないけれど、少なくとも男性である僕以外の女性陣なら楽しくおしゃべりはしている。その光景を実際に見ているからね。


 光葉さんは相変わらずゲームを楽しんでいた。どうしてそこまで熱中できるのだろうか。僕としてはゲームは暇つぶし程度という認識なのであるが、彼女は暇つぶしというよりも楽しむという認識なのかな。


 それにしても長い。


「光葉さん? ゲームは楽しいですか?」


「……あ」


「えっ。もしかしてまた邪魔しちゃいました?」


「んぅ〜……! むぅ〜……!」


 僕は何も言わずに財布から小銭を出す。さきほどの買い物で百円玉は多くあった。


「あ、あの……光葉さん……?」


「はぁ……。このゲーム、難しいです……」


 画面に映し出されるゲームオーバーの文字。おそらく段階的にゲームの難易度が上がっていくような筐体だな。しかし今、こうして映し出された画面は第一ステージであり初級である。


 ……下手だな、この人。


 ていうかさっき僕が話しかけた時、すでにゲームオーバーになってたような気がするがここではその指摘はしなかった。楽しく遊んでいる彼女の機嫌を損ねることはしたくなかった。たった今損ねたかもだけど。


「あっちにあるゲームをします……」


「まだやるんですか? もう家に戻りましょうよ」


「まだやります……」


「時間はありますけど、外が暗くなってきますよ?」


「いいです……。そんなに戻りたいのならお一人で戻られては……。私はまだここで遊んでいたいので……」


「ダメですよ。危ないです」


「ッ……。私の心配をしているのですか……?」


「ええ、光葉さんっておっとりしてますしね」


「……そうですか」


「はい。ですので、光葉さんの気が済むまでここにいます」


 光葉さんは静かにコインを筐体に入れた。


 しばらく遊んでいると、光葉さんが僕の方をチラリと見てきた。


「ん? どうしました?」


「いえ……。視線が気になりましたので……」


「見られているのは嫌ですか?」


「人に見られるのは慣れていませんので……。嫌というわけではありませんが……」


「遠いところにいましょうか?」


「そちらのほうが余計視線として気になってしまいます……」


「なら逆に近くならいいんですか?」


 ジト目で僕を警戒する光葉さん。あ、いつもジト目だったなこの人。


「そんなに警戒しないでくださいよ。邪魔はしませんから」


「いえ、邪魔をしてもらえると実費でゲームをしないで済みますので……」


「いやしいですね……。ゲームのお金くらい出しますよ」


「そうなんですか……? ありがとうございます……」


 光葉さんは静かに笑った。微笑みという言葉は彼女の笑い方を表した言葉なのだろう。その言葉がぴったりな優しい笑みだった。


 同じゲームの筐体がいくつか置かれていたため、隣で僕もそのゲームを遊んだ。光葉さんがやっているのはこれまたレトロな雰囲気のシューティングゲーム。下から落ちてくる敵を撃ち落とすというシンプルなゲームである。


 左右に移動するための二つの矢印ボタンと射撃のボタン。かなり簡単なゲームだと思われるが、隣で何度も自分のキャラクターが撃破されていく音がする。


『ちゅどーん』


「あ……。うぅ〜……」


 百円玉を渡す僕。筐体に入れる彼女。


『ちゅどーん』


「むぅ〜……!」


 下手クソすぎる。真面目にやってんのか。


「フフッ……」


「今、笑いましたか……?」


「いえ笑ってませんよ。フフッ……」


「笑いましたよね? 人のこと笑いましたよね?」


「グフッ……! フフッ! あはは! 光葉さん下手すぎでしょ……!」


「ぐぅ〜……! むぅ〜……!」


 頬を膨らませた彼女は不満いっぱいな顔だった。なんか可愛い。


「こんなの簡単じゃないですか! 移動して打つだけですよ? めったに自分のキャラ撃破されないはずですよ!」


「むぅ……。知りません、そんなの……。私、ゲーム得意じゃないです……」


 見れば分かります。


「それならお手本を見せてください……。そんなに私のことを笑うのなら、ご自身のお手本を見せてください……。それなら私も何かコツが掴めると思います……」


「お手本ですか? いいですけど……」


 こんなのお手本ってほどでもないんだけどなぁ。得意じゃなくてもこれくらいは誰にだってできることだと思うし。


 ゲームが始まってあっという間に最終ステージ。やっぱりこのゲームは簡単な部類に入ると思う。光葉さんのゲームセンスが絶望的すぎるだけだと思うけどなぁ。


 操作する僕。光葉さんは静かに見ているだけだと思っていた。座っている椅子は少し眺めの椅子だったから、右の方に荷物を置きながら操作していた。


 当然左側にはなにもない。代わりに光葉さんが遊んでいた筐体がある。


 シュルシュルという音が左側から聞こえてきた。何かが近くに寄って来るような感覚がわずかにする。しかしゲームをしているため顔を向けることができなかった。


「フゥー……。ふぅん……上手いじゃないですか……。フッ、フッ……。なるほど、そうやって操作するんですね……」


(耳に息が……! 邪魔してんのか……この人……!?)


「フゥー……。フゥー……」


(マジかよ! これだと気が散ってできねぇ……!)


「ミスしちゃえ……。負けちゃえ負けちゃえ……」


 手元が狂う。


『ちゅどーん』


「あ……」


「お耳……真っ赤ですよ……? フフ……お手本なのに、ミスしちゃいましたね……」


「うぐ……」


「最初の方に、管理人さんが私にしてきたことですよ……。邪魔をするのはいけませんよ……フフフ……」


「はい、すみません……」


 でも僕は耳に息を吹きかけてないと思います。審議を要求します。


 結局、帰り道は暗くなっていた。でも一人で光葉さんを帰らせるのも悪いため一緒に家まで歩いたのは悪くなかったと思う。


 帰りが遅いから僕だけ咲さんに怒られてしまった。これもはや咲さんが管理人では? 光葉さんは楽しそうに微笑みながら僕を見ていた。


 その笑みは嘲笑なのかどうか聞きたいところではある。

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