第14話 ゲームをするよ光葉さん

「四色問題と〜、リーマン予想は〜、一つも買い物に関係しないから〜、気を付けて〜」


 何を言ってるのか分からない。自分でさえもこの発言になんの意味があってのことなのか分かっていなかった。


 それもそのはず、実は今現在、絶賛脳内がお花で埋め尽くされてしまっているのである。いやお花で埋め尽くされてしまっているというのは、明らかな比喩的なものだから何が言いたいかというと、僕は今頭がふわふわした状態なのである。


「頭ぱっぱかぱーん」


 こうして、何言ってんだろう自分……という思考を少なからず持ち合わせているのは、少しだけほんの少しだけ存在している自分の理性と半分だけのいつものしっかりしている自分の思考が小さく頭の隅っこにいるからだ。


 なぜふわふわしているかと知りたいと思うだろうが、しかしこれはなんとも単純明快なことであり簡単なことなのだ。


 お昼ご飯を食べると眠くなってくる。学校に通っている少年少女になら分かると思うが、これがまあ厄介で少しでも気を抜くと突然の視界が真っ暗になるのだ。


 そう。突然、麻酔銃でも撃たれたかのように静かに眠りについてしまうのである。


「……ふわぁ〜、眠いなぁ〜」


 僕だ。それがさっきの僕だった。家事や炊事の仕事が多くあるのは分かるが、ご飯を食べてしばらくして洗濯やらをしたり家の掃除をした後に、ダイニングにあるソファに座るのはもうやめろよ。寝ちゃうから。


 しかもそのベッド、柔らかい上に横になる事もできるからもう本格的に寝ることだってできるのである。まさに悪魔の兵器だ。特にお腹が膨れたあとの気持ちよくなってくる時間帯はまずい。絶対にやめておけ。


 早めに学校が終わった雪斗さんには間抜けな寝顔をスマホで写真に撮られ、秋風さんには帰ってきた途端に彼女の高くてキレイな声に起こされた。メチャクチャ怒られた記憶しかない。


 たしか雪斗さんは、


「ウケる~。ごめんねお兄さん! これインスタのストーリー行き決定だから!」


 だった気がする。それで秋風さんが、


「なに寝てんのよ! そこはあんたの寝る場所じゃないのよ!」


 だった気がする。おっ、結構覚えてるな!


 起きた時の時刻は午後5時を回っていた。もう少しすると夕日が差し込んでくる頃だろう。5月の中旬。これからだんだん暑くなってくるぞ。


 今日の分のご飯の材料と明日以降のご飯の材料の買い物をしなくてはならないことに気づいたのはその時だった。家を飛び出して、おばあちゃんが使っていたとされる可愛らしいマイバッグを持ってスーパーに行った。


「これは高い、これは安い、これはこっちと比べたら量が多い、これはコスパがいい……。あとこれは……」


 スーパーで買い物をしている最中に眠気は消えていった。お金のことに関することだからか感覚が自然と研ぎ澄まされていた気がする。


 ハッ! 研ぎ澄まされているのかどうかすら分からないなんて、つまり僕はこの安い商品を選別する能力が発動していることに気づいていないということか。まさに無意識の中でやっていること。習慣って怖い……。


 結構大きめのバッグだったため、だいぶ多くの買い物をした気がするがすんなりと入ってしまった。ギュウギュウに詰まっているわけでもないし大容量は正義だな。


 帰り道は来た時の道を戻るだけ。スーパーの近くにはコンビニがあり、その向かいにはゲームセンターが建っている。そしてそのゲームセンターの横にはCDショップと楽器店が入っているビルが建っている。


「最近の流行りの曲とかってなんだろう……?」


 以前まで音楽に精通している身としては、流行りモノに手を突っ込みたい感覚が出てくる。興味本位で横断歩道を渡り、ビルに向かった。


「ん? あれ?」


 ゲームセンターの入口のクリアな自動ドアの窓から、見たことのある女性がいるではないか。


「光葉さん? なんでここにいるんだ?」


 気づくとゲーセンに入っていた。いつも不思議な彼女は異彩を放っており、レトロな雰囲気の店内で明らかに『なんだこの人』が漂っている。だってスーツだぞ? スーツでゲーセンは行かないだろ。


 だがスーツゲーセンガチ勢の人に失礼だな。やめておこう。変ではない、そうだろう。それにしてもスーツの彼女が小さくなってレトロなアーケードゲームにかじりついて見ているなんて、どんなゲームやってんだろう。面白いのかな。


 ゲームの音がだいぶ大きかったから、耳元で話しかけた。


「光葉さん? 何をされているんですか?」


「……」


 無反応。僕の声は聞こえていない模様。ゲームに夢中のようだ。


 だが彼女は手を動かしていなかった。どうしてだろう。


「光葉さん操作しないとゲームしてる意味ないですよ?」


「……」


「僕、ゲームの知識ないですけど、多分この敵を倒さないとダメないんですよね? 今メチャクチャ攻め込まれてますよ?」


「……」 


 反応はない。ゲームは操作するキャラクターが攻め込まれていき、そしてゲームオーバーになってしまった。光葉さんは固まって何を考えているのだろう。やはり不思議な人だ。


「はぁ……」


 ため息には重みがあった。あれ? なんだか少し怒ってる?


「むぅぅ……!」


「えっ、どうされたんですか?」


 右の耳を手で抑えて頬を膨らませていた。怒ってるのか、これ? なんか可愛い。


「むぅ……。邪魔してきました……」


「邪魔、ですか?」


「急に耳元で話しかけられたので、びっくりしました……。さっきの分のお金がもったいないです……」


「えぇ……僕のせい……?」


「リベンジ……。リベンジしたいです……」


 真剣な目で僕に主張してきた。分かりました、と彼女に百円玉を差し上げた。


 僕が急に話しかけたことに驚いて固まってしまっていたらしい。そのせいでゲームができなかったのだという。光葉さんがこうして主張してきたのは初めてだった。あまり人には感情や考えを見せない人だと聞いているから……。


 不思議だ。


 リベンジをしていた光葉さんは今度こそしっかりと操作していたがすぐにゲームオーバーになってしまっていた。この人さては下手だな。言葉には出さない僕だった。




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 主人公に『お前のせいだ』と叱ってあげましょう。

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