第12話 グイグイ行くよ時雨さん
時雨さんが通っている大学は近所にあり、少し歩けば到着できるほど。
僕は大学に通っていた期間が存在していないため、今の大学生、特に女子大学生の話題に疎いためどのような流行を取り入れて生活をしているのかなど全く知らない状態なのである。
通っていた高校は一応、形だけ進学校というスタイルを取っていたけれど、僕の周りの友達などは勉強なんて一切できないレベルの人間がゴロゴロいたため、両極端の性質を持った学校だった。本当なら僕も大学生活を送る……みたいな話があったのだけれど、色々あって家を追い出されてしまって今のこんな生活を送っている。
「大学生活って楽しそうだよなぁ……」
「大学に興味あるんですか?」
思ったことが声に出てしまっていたらしい。返答をしてきたのは小さな体躯に大きな未来を兼ね備えた可愛らしい少女、その大学生という時代の絶賛真っ只中である時雨さん本人だった。
タイムリーだ。休みの日に一気に買い物やら掃除やらを終わらせたあとで、一息付こうとリビングでコーヒーを飲んでいた時だった。休日だから当たり前だが大学の講義はないはずである。
つまりおヒマということだ。いや失礼だな。大学生だって研究とかがあるかもしれないからな。
「時雨さんは今日は何を?」
「今日は何もしてません! 休日ですしね!」
「ふーん。ほら、大学の活動とかは? 何もないんですか?」
「サークルですか?」
「そうそれ」
「サークルは今日はお休みなんです! というか、私の所属してるサークルは適当な時間に活動して、適当な時間に終わるので!」
「なら今日はのんびりできますね」
「そうですね! おヒマですね!」
暇なんかい。そんでもってそんなに自信たっぷりに言うものでもないですぞい。
「そんなことより! さっきの発言は本当ですか!?」
「へ? さっきの? 僕何か言いましたっけ?」
「大学楽しそうだなー、時雨ちゃんと一所にいるともっと楽しそうだなー、って言ってました!」
「後半の部分は言ってないです。たしかにそう思う部分はありますけど言ってないです」
思っても口にしないだろ、ふつう。
「と、に、か、く! 大学生活に興味がお有りで!?」
「興味はありますけど……。あっ、入学したいわけではないですよ?」
「しゅん……」
やっべー。話の流れを一瞬でぶち壊してしまったー。
「しゅん……しゅんしゅん……」
「いや! でも大学楽しそうだなー、って思いますよ? うん! 思う! 逆に楽しい以外の感情がなくなっちゃうんじゃないんですかね!? それくらい楽しそうですよね!」
ぱぁ〜、っと表情が明るくなる時雨さん。
感情のかわりようが分かりやすくて可愛いな。後日、僕と時雨さんは彼女が通っている大学に忍び込んで勝手にサークル活動を体験させてもらうことになった。
☆☆☆☆
果たしてこれはサークル活動なのだろうか……。
「姫様のおなーりー!」
「ははぁ〜……!」
「姫様来たよぉー! 姫様がやってきたよぉー! ほらみんな敬意表して! そんなんじゃ侮辱罪でたたっ切られてしまいますよぉー!」
「大名行列! 大名行列できてるよぉー!」
ものすごい熱気だ。そして僕はその圧に倒されてしまいそうだった。時雨さんはよくわからない形の椅子にお神輿のような大きさの台に乗せられていた。お神輿を持っているのはメガネをかけた大学生たち。
これまたよくわからない法被に『姫様命』とプリントされていた。
時雨さんは誇らしげに台から降り、ちょこちょこと歩いて僕のもとに来てくれた。
「どうですか! このサークルすごく楽しそうでしょう!?」
「いや方向性がわけわかんないですけど!? そんでもってこの広い部屋でどんちゃん騒ぎしちゃっていいですか!?」
「てもこれがサークル活動を開始する合図ですし……」
「今の合図だったの!? ずいぶん大掛かりなセットまで作って……すごいなぁ……」
「どうでした? 私の所属する『サブカルチャー研究会』は! 面白かったですよね?」
「サブカルチャーと関連性のあった開始の合図だったんですか、今の……。でもすごく盛り上がってましたね……。何でしたっけ? 姫様でしたっけ?」
「はい! 私のサークル内での呼び名です!」
そんな誇らしげに言うもんでもないぞ。
「それで、普段は何をされてるんですか? まさかさっきのを毎回やってるわけじゃないですよね?」
「毎回やるなんてことしませんよ! 二回に一回くらいです!」
「結構やってんな!?」
「はい! 結構やってます!」
時雨さんは僕にサークルの活動のことを教えてくれた。
このサブカルチャー研究会は日本を中心としたサブカルチャーを面白おかしく研究しているというらしい。アニメやマンガなどの芸術的なコンテンツが主だという。
「なるほど……。面白そうですね、疎いですけど……」
「ですよね! アニメやマンガは最近になって人に好かれるようになりましたし、一昔前まではオタクが迫害されるような世の中だったのに、生きやすくなりましたよねぇ!」
物騒な言葉を使うな。
「でもこうして生きやすくなってくれたおかげで、日陰者の人間も傷つかずに楽しく生きていけるんですから!」
「……」
日陰者か。僕はどうなんだろう。
誰とも連絡を取らずにいた僕は、一体どんな人間なんだろう。
彼女は自分は日陰者だと言っている。時雨さん……僕にとっては、みんな明るくてキラキラしたような人間なんですよ。
「僕も楽しく生きられますかね……」
「楽しくないんですか?」
「いえ、今は、時雨さんと一緒にいられて楽しいですよ?」
「そうですか……」
塩らしい対応で戸惑った。しかし彼女はいつもどおりの時雨さんとしてサークルの活動を楽しんでいた。キラキラしていて光り輝いている。
本当に姫様みたいだな。
翌朝、時雨さんが階段から降りてきた際に、サークルで聞いた『姫様のおなーりー』という口上をしたら、普通に彼女に怒られてしまった。顔を赤くして頬を膨らませていて本当に怒っているのが伝わった。
ごめんって。
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