第11話 カフェイン中毒の咲さん

 慎吾は悩んでいた。


 空になったペットボトルがどうしてこんなにも大量に存在しているのか、その理由を……。山積みにできるほどの量は、リサイクルセンターに持って行くには面倒だった。車があればどうにかして詰め込むことができるのだが、あいにくというのか残念ながらというのか、慎吾は運転ができないのである。


 これは免許がそもそも持っていないのではなく、持ってはいるが運転ができない……クソほどペーパードライバーの人種なのである。


 彼が普通自動車の運転免許証を取得したのは高校を卒業したあとの2ヶ月の間に、なんとなくチョロっと取得しただけ。その後は東京に行き、夢を追いながら生活をしていたが、ここでとある衝撃の事実を目の当たりにする。




 ―――東京は移動手段がほとんど交通機関。




 もはや免許証を持っている意味が疑われる。なぜなら東京は自動車で移動する人は少なく、ほとんどが交通機関を使って生活しているからだ。しかし自動車を利用する人はいる。慎吾が知り合いに話を聞くと、駐車場代や交通の不便な点、そして一番力強く話していたのが『別になくてもいい』だ。


 この『別になくてもいい』という言葉にどれほどの衝撃を慎吾は受けただろうか。自分がやってきた2ヶ月はただの時間の無駄だったということなのか、と後悔する時間もあった。その時間は数分で終わったが。


 切り替えの早い慎吾は立ち直り、自動車を使わない生活を受け入れた。受け入れたと言ってもその時点で自動車は持っていなかったため、運転する機会など皆無だ。


 そして月日が経ち、なんやかんや怪我をしたり病気になったり、それに伴いしばらくの間は外に出ない生活を経て、そして今に至る。


「……で、どうするよ僕」


 自問自答をするが返答はない。なぜなら答えはすでに出ているから。出さなくたって頭の中では分かっているのだから。


「ゴミ出し行ってくるかぁ……。リサイクルセンターの場所、ちょっと歩かないといけないから面倒なんだよなぁ……。量も多いし……」


 落胆する慎吾。しかし止まることはできない。これをやらなければ誰がやる。そして今じゃなければいつやるのか。


(下宿に住んでる皆さんは他にやることあるだろうから無理だよなぁ……。当たり前だけど……)


 慎吾はビニール袋にペットボトルを詰め込んでみた。そのペットボトルの入った袋を、今度は大きなゴミ袋に入れる。こうすればペットボトルごとの大きさににきちんと並べられるから、スペースもすっきりするのである。


「で、これを持っていくと。それにしても……この中途半端に大きいペットボトル多いなぁ……。なんなんだよ、この量……」


 極端に大きいペットボトルはまだいいとして、次に普段から飲んでいるようなお茶やジュースといったスタンダードな大きさのもの。これらは柔らかい素材なら押しつぶせるし、そこまで大きくないから簡単に整理が可能。


 だがこのよく分からない大きさのものは何だ。ムダに角ばっており、そこそこ大きい。しかもダントツで量が多いのだ。


「まあいいや、とりあえずこの小さい袋は持っていこう。この意味わかんないのたちはあとにしよう」


 一旦リサイクルセンターへ歩いていき、帰り道のときに手段を考える慎吾だった。




 ☆☆☆☆




「ひらめいたー!」


 突然の大声でおばあちゃんが起きてしまった。どのみちおばあちゃんには聞きたいことがあったから、そのままおばあちゃんのいる畳の部屋に向かった。


「起こしてごめんね、おばあちゃん。それでおばあちゃんはさぁ、おじいちゃんの使ってた自転車ってどこにあるか知ってる?」


「なんだい急に。自転車に乗りたいのかい?」


「うん。リサイクルセンターの場所がちょっと遠いからさ、それにペットボトルの量が異常に多くてね。いちいち歩きだと時間がかかっちゃうんだ」


「自転車なら車庫の隅っこにあるはずだよ……。おばあちゃんのことは起こしていいけど、事故は起こしちゃだめだよ」


「うん、ありがとうおばあちゃん!」


 早速に車庫に入ると、入ってすぐのところにおじいちゃんの趣味の盆栽で使っていたであろう植木鉢や菜園のためのクワが置いてあった。そこに混ざるようにしてひっそりと存在していたのが自転車である。


 黒色のチェーンがむき出しでカゴもボロボロ、サビだらけのハンドルや荷台はどこか懐かしさを感じさせる。タイヤに空気を入れて走れる状態にした。


「じゃあこれを使って……ってあれ? カギがかかってる……」


 それはダイヤル式のものだった。四つの数字を当てはめるタイプのもの。


「ふーん。どうせ自分の誕生日とかだろ」


 開かなかった。


「ならおばあちゃんの誕生日で……」


 開かない。


「なら……僕か?」


 開いた。小さくカチャリと音がする。


「……」


 いくつか小分けにした袋をカゴに入れ、残りは僕がカバンに入れて持っていく。これなら一回で全部が片付きそうだ。


「やっぱ多いな、量……」


 おじいちゃんはどんなふうに自転車に乗っていたんだろう。帰ったらおばあちゃんに話を聞こうかな。




 ☆☆☆☆




 夕方。


 帰りにスーパーに寄っていった。明日の夕飯やその次の日の夕飯、朝ご飯にお弁当。買うべきものは食材ばかりだった。


「あれ?」


 咲さんがいた。相変わらずキレイな髪だ。移動するたびにサラサラと揺れていて美しい。


 それに背も高いんだなぁ……。僕は男だけど、そんなにすごく背が大きいわけでもないし。でも咲さんの場合だと僕と比べると背が高いことが分かる。僕の目線から少し下くらい。うん、やっぱり高いなぁ。


 モデルみたいな美しさがあって、そんな人と知り合いなんて少し嬉しい。これもしや自慢できるのでは。


 そんなどうでもいいことを考えていると、咲さんが僕に気づいた。向こうから歩いてきてくれた。


「慎吾くんもお買い物?」


「はい。今日はハンバーグを作ろうかなと」


 僕はカゴに入れてある食材を指さしながら言う。


「私も手伝うわよ? ハンバーグって結構手間がかかるし」


「大丈夫ですよ。僕、実はハンバーグを十分で作れちゃうんです! 大得意なんです!」


「それは手際が良いだけで、料理が得意とは言えないわよ……」


「あっ、そうですね……! あはは……。でも美味しく作ってみせますよ!」


「そうなの? 期待してるわね」


「はい!」


 僕は咲さんのカゴの中を見た。なんだか今日一日に、嫌になるほど何度も見たような形をした何かが大量にあった。


「咲さん……それ……」


「えっ? ああ、これ? これはコーヒーよ。ほら、私って毎日コーヒー飲むじゃない? だから何本も買っておきたいのよね〜」


 咲さん……カフェインには中毒性があるんですよ……。少しは量を控えてください……僕のためにも……。


 切実に願った僕だった。

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