第10話 うるさいですよ梨花さん

 なんやかんやありながらも一週間が終わり、下宿に住んでいる皆さんともだいぶ打ち解けることができた。


 そして休日。


「さてと! 今日は朝からいい天気! 洗濯物を干しましょう!」


 管理人である以上、何から何まで皆さんの生活の手伝いをしなくてはならない。それは当然であり必然のこと。おばあちゃんに今まで何をしてきたのかを聞き、学び、それを実践する。僕、ちゃんと仕事してる! これまでの自堕落で何もしたくないと思えていたあの日、ニート生活とはオサラバだ!


 鼻歌を歌いながら淡々と洗濯物を物干し竿にかけていく。ここは日当たりもいいし、天気もいいしで早く乾きそうだなぁ。


 するとリビングの方から何やら高い声がした。高い声……つまりあの少女しか思い当たらないのだが、だが断言はできない。もしもあの子だった場合に備えて、返答を考えておこう。今度は何がそんなに不満なのか、と。


 ため息を付いて振り向くと、声の主はすぐ近くにいた。


 不機嫌そうな顔で僕を見ている。……不機嫌そうな、じゃないな。明らかな不機嫌をその高い顔面偏差値を使って全面的に表現している。それなのに、どうしてこう可愛らしくも思えてくるのだろうか。そして、このなんとも言えない小動物感はどこから来るのだろう。


 言うことを聞かない猫って多分こんな感じなんだろうなぁ。


「ちょっと! なんでアンタが洗濯物してるわけ!」


 秋風さんがそこにいた。


「えー。だって僕、管理人ですし……。おばあちゃんもやってたって言ってましたし……。それに! 僕、今は暇ですし!」


「……それ」


「はい? これですか? このパンティですか?」


「そうよ! アンタが洗濯物してたらアタシの下着とか、他のみんなの下着とか触られちゃうじゃない! というかそもそもの話、アタシやみんなの洗濯物はアンタと一緒にすんなって! 分かるでしょ!?」


「でも触らないと洗濯物は干せませんよ? それに別々で洗濯をしてしまうと余計な時間もかかりますし、非効率的です!」


「だぁー! もう! なんで分かんないのよ! アタシは女でアンタは男なの! アタシは女子高生でアンタは知らない男なの! 生理的に無理ってことを言ってんのよ!」


「そうですか……」


 少し考え僕は言う。


「では、どうすれば良いですか?」


「へ……?」


「どうすれば、良いですか?」


 僕の予想外の返答に戸惑っている様子。僕の返答をしっかりとじっくりと考えて、その言葉の意味を理解するまでに時間がかかっているそうだ。


 少し時間が経つ。未だに考えている模様。考えている時の秋風さんの顔、なんだか真面目になっててカッコいいなぁ。僕なんか真面目になってるつもりなのに、友達からは『お前ふざけてんの?』って変なツッコミを顔に入れられるくらいだし。やっぱり顔の整っているのか整っていないのかで印象も全部違うのかなぁ。


 つくづく印象というものが大切であると身にしみて分かる。


「うーん……! うぅ〜……!」


 おや? 秋風さんに動きがあった。顔が険しくなってきている。


「うわーん! 咲さぁん! この男がアタシのこといじめてくるよぉ〜!」


「えぇー!? なんでー!?」


 なんと咲さんに助けを貰いに行ったのである。咲さんは職場に必要な書類に自分の名前とかを書いていたため、縁側に近いリビングで座っていた。そこに秋風さんが泣きついたということだ。


 ん? もしやここで僕に変なことされたとか言ったら、僕の人生終わるのでは? 結構仲良くなってるはずの咲さんに気持ち悪がられてしまったら、僕の居場所がなくなってしまうぞ。


「咲さん! アイツにイジメられたぁ! 助けてよぉ!」


「え、どうしたの梨花ちゃん?」


「アイツ! あの男!」


「慎吾くんのこと? 慎吾くんが何かしたの?」


「僕は何もしてませんよ。秋風さんとお話してたら、急に咲さんに助けを求めていったんです」


「助けてほしかったの? 梨花ちゃん、何か困ったことでもあったの?」


「うぅ〜! 生理的に無理って言ったら、言い返されたの! 『じゃあどうすれば良いですか?』って言われたの!」


 咲さんはため息を付いた。僕もため息を付いた。


「ごめんなさいね慎吾くん。気にしなくていいから……」


「いえいえ、でも秋風さんが仰ってる通り、僕は男性ですし皆さんは女性ですから、嫌に思う方もおられるかもしれませんし、僕も何か解決策を考えておきますよ」


「そんなこといいのよ……! ま、まぁ……どんな下着を使っているのかを知られるのは、その……少し恥ずかしいけれど……。でも別に嫌ってわけじゃないし……仕方のないことだし……」


「今考えているのは、僕が男性じゃなくなればいいってことですよね! それでは病院にレッツゴー!」


「さすがにそこまでしなくていいからぁ〜!!!」


 咲さんに引き止められ、僕は男性のままで過ごすことになった。


 その後、秋風さんは咲さんの説得のおかげか、やってもらっているという理由で、洗濯物に関してはもう口を出さないと決めたのだという。


 咲さんナイス!

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