第9話 服を着てください!


 右側の部屋に向かった。一度ノックをしたが反応はない。当然だがいつもの時間の通りではないため、これは完全に寝坊をしていることが分かる。


 しかし僕も男。ちなみに部屋の住人は女性である。さて、この部屋の扉を開けてしまおうか、開けずにここでノックをし続けて待っていようか。この二択を今、僕は迫られているのである。


 どうしようか。


「うーん……。でもなぁ……」


 変な躊躇が心をうごかす。でもここまで来たならやることは一つだけ。そのために階段を上がってきたのだろう。


 覚悟を決めて一歩を踏み出すべきではないのか。そうやって躊躇っていると、大切な選択の時に長く考えてしまうクセが付く。僕にはそんなクセはないだろうけれど、これからやっていく中で付いてくる可能性もある。


 躊躇うから……だから、今までも……。


「開けますよ~……? いいですか〜……?」


 そろり、と音を立てずに侵入した。部屋の中には無数の可愛らしいぬいぐるみが、ありとあらゆるところに飾られている。


 大きなぬいぐるみから小さなぬいぐるみまで、それらの姿、形は多種多様。どこかで見たことのあるテーマパークにいるオリジナルキャラクターの物や、動物園で見ることのできるパンダやライオン、キリンといった動物たちの物まである。特に猫のぬいぐるみが多いようだった。


「はっ! いかんいかん!」


 ふと、我に返る。そうだ僕はぬいぐるみを見に来ていたのではない。このぬいぐるみに囲まれている部屋、この部屋の主である『光葉さん』を起こしにここへ来たのだ。決して物色をしたいのではない、あくまで寝坊を報告し、出社時間に間に合わせるために起こしに来たのだ。そこにやましい気持ちなど一切ない。


 というかそもそも僕にやましい気持ちはない。存在を否定できるほどの心構えである。僕はおばあちゃんの代わりにここにいるのであり、その職の中に邪な考えは断じて存在していない。


 ……というわけで、ここは一旦ベッドの方へ行こうではないか。


「おはようございます……光葉さん……」


 毛布に包まれている女性を発見した。この方が光葉さんその人なのか。


 青みがかった髪はサラサラで、丹念なケアがなされていることが見ただけで分かってしまう。それにこの髪の長さは肩の辺りまでだろうか。光葉さんは僕が部屋に入ったことに気づいているのか何度か寝返りを打って、『んぅ〜……』と寝ぼけた声を出す。


 それにしても……キレイな顔をしているなぁ……。


 咲さんのように美人なタイプ。しかしどこか幼さも残っているようで可愛らしい。今こうやって寝ている顔は、とてつもない優しさが垣間見える。


「ほんとにキレイだなぁ……」


 ……って、何してんだ僕。ここはしっかりと起こすべきだろ。何をしたくてここにいるのか分かってないのか? バカなのか? じっくりと光葉さんのキレイな寝顔を眺めるのではなく、光葉さんを起こさなければならないんじゃないのか、全く。


「光葉さん……起きてください……。朝ですよ……」


「んぅ……」


「朝ですよ、起きてください……」


「うぅ……すぅ……」


「時間やばいんじゃないんですか? このままだと職場で怒られちゃいますよ?」


「……」


 今度は完全なる無言。完全なる眠りについているようだ。


「ちょっと強引に行きますよ? いいですね、光葉さん!」


「……」


「返事がないならオッケーということですね! わかりました、行きますよ! せーのっ!」


 毛布を剥ぎ取り、光葉さんの体をさらけ出させた。


「ん? ふぇ……?」




 その瞬間、慎吾の体に電流が走る。


 体の端から内部を通り、また端までたどり着き、そしてそれがまた繰り返されてしまうほどの強力な電流。衝撃を伴い、慎吾の体の中で急激に加速してしまった。


 脳に衝撃が起き、内部でその原因を処理することが徐々にできなくなった。慎吾の体は現在正常に動かなくなってしまったのである。唯一動くのは心臓と、電流が体内で動いている反動で、慎吾の中にある本能の部分が一時的に働くところだけ。


 そう。その電流が走ることにより動く本能的な部分こそが、慎吾の下腹部にある前立腺なのである。


 電流が……否、血流が活性化され前立腺を刺激し、慎吾は完璧なまでの性的な興奮状態へと変化してしまうのであった。




『ムクムクムク、ニョキーン!』




 僕の下腹部に未知のパワーを感じる。その原因として、目の前にいる女性、光葉さんが挙げられる。


 僕は彼女が使用している毛布を剥ぎ取った。当然そこにはなにもないと思っていた。思っていたのだ。しかしどうだろうか。


 そこにいるのは―――ブラジャーとパンティのみを身に着けた、お肌すべすべでどこか色気すら感じる、清楚系の美女である。


「な、な、な、なにしてんの〜〜〜!?」


 大声が部屋に響き渡る。さすがに光葉さんもこれには反応する。


「おはようございます……。あら……どなた、ですか? 私に何か……ご用でしょうか……」


「いや、あの! とりあえず服を着てください! ほら! なんかすごい格好してるので! とりあえず服! 服を!」


「ですが……私はいつも、起きたらすぐにスーツに着替えますので……。できればそこにあるワイシャツとジャケット……それからスカートを取ってもらえますか……」


「は、はい! それからはい! これも、はい! これでいいですか!?」


「ありがとうございます……。ええと、なぜ壁を見ているのですか……?」


「聞かないでください!」


「そうですか……。あの、あなたは……?」


「高崎慎吾です! 祖母の代わりに今日から管理人になりました!」


「そうなんですか……。よろしくお願いしますね……」


「はい! お願いします!」


 着替えが終わった光葉さんは僕が即席で作ったサンドイッチを持って職場に向かった。なんだかフワフワとしていて変な人に絡まれたら大変なことになりそうだな。心配だなぁ。


 他の皆さんも各々が時間通りに職場や学校へ向かった。高校生である秋風さんと雪斗さんにはお弁当を持たせてあげたが、秋風さんが一向に持って行きたがらなかったので、雪斗さんが持って行ってくれた。


 雪斗さん曰く、文句を言いながらもしっかりとお昼ご飯は食べてくれたらしい。

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