第8話 はじめましての朝ご飯⑤

「これで全員揃いましたかね? いやぁ、やっぱり賑やかでいいですね! 四人も下宿で生活してるとなると知り合いも多くなって楽しそうですし!」


 間髪入れずに時雨さんが突っ込む。キョトンとした顔で僕を見た。


「ふぇ? 四人ではないですよ? 五人です!」


「え? でもこの家の構造上だと、二階と三階には二つずつの部屋割りですよ? 咲さん、時雨さん、雪斗さん……あ、すみません、まだあなたのお名前を伺ってませんでした! 教えてもらってもよろしいですか?」


 僕は金髪の少女に聞いた。この少女はさきほどリビングに来たばかりであり、僕としてはまだ自己紹介もきちんとしていない。咲さんが名前を呼んでいたような気もするが、判別できるほど集中していなかったから分からない


 とにかく今は名前を知ってコミュニケーションの基本を行うのだ。僕の中のコミュニケーション能力向上術その1『とりあえず名前を聞いておく作戦』である。これを使えば誰とだってお話をする始まりを作ることができるぞ。使ってみると良い。


 金髪の少女は無愛想な表情になりながらも、嫌そうにしながらも名前を教えてくれた。そんなに嫌な顔をされると僕のコミュニケーション能力向上術(以下略)が意味をなさないだろ。一気に信憑性がなくなってしまった。


秋風あきかぜ梨花りかでーす。よろしくおねしゃー」


「はい、お願いします」


「ちょっと梨花ちゃん、そんなふうにふざけてお話しちゃだめよ。彼は社交辞令としてやってるんだから……」


 社交辞令なのか、僕がとりあえず聞いておかないとと思っているだけなのか。コミュニケーション能力向上術(以下略)を実践しようとする癖が勝手に付いてしまっているということもあり得る。


 まあでも名前は聞いた。覚えておこう。


「梨花さんを含めたこの四人が、上の階の部屋で生活してるんですよね? だってそうじゃないと部屋がありませんよ?」


「待って! なんでアタシのこと名前で呼んでんのよ? まだ名前で呼びあえるほど関係性ないけど? どういうつもり?」


「名字が良かったですか?」


「名字がいいとかそんなんじゃなくて、そもそも距離の詰め方おかしいのよ! ここにいる三人に名前呼びとか普通じゃ早すぎだから! でもアタシはまだ認めないから! もう少し知り合って、初めて名前で呼び会える関係になんのよ」


「……真面目ですね、秋風さん」


「はぁ? これが普通でしょ……。とにかくしばらくは名字で呼べ」


「はい。さっきも言いました通り、部屋は合計四部屋で四人に一部屋ずつ割り当てられてるんじゃないんですか? ではどうやって五人目を……」


「アタシが雪斗と二人で部屋を使ってるからよ!」


「そうだよー! おかげでいつも梨花ちゃんのいびきで起こされてるんだよー!」


「なっ!? そ、そんなにうるさくないし!」


 なるほど。二人一部屋。それならたしかにもう一部屋は使えるようになる。こうすることで部屋数を節約しているのか。そういうことだったのか。


 ……いやいや、そういうことだったのかじゃねーよ! それならもうひとり分の朝ご飯を作んないといけないじゃないか!


 卵とハム……今日の晩ごはん用に取っておきたかったけど仕方がないことだ。ここは皆さんと同じ料理を出して、しっかりとご飯を食べてもらいたいところ。しかしその五人目の下宿の利用者は一向に現れない。なにかしているのだろうか。


 そういえば秋風さんが言うには、ここの下宿には女性しか住んでいないということだが、そうなると五人目の利用者も当然女性。寝坊でもしているのか、それとも学生であるのなら登校時間、社会人として仕事をしているのなら出社時間、それらにまだ余裕があるのか。


「もう一人の方のお名前はなんですか? それと学生か社会人なのかも教えてもらえると助かります」


「光葉さんはお仕事してますよ! 会社の事務職員さんなんです!」


 時雨さんが元気よく答えてくれた。続けて年齢も24歳であることも。僕と同い年というわけか。


「事務職員なら公務員ですから、就業時間は9時からですよね? お仕事なさってる場所はここから近いんですか?」


「近くはないと思います……。もしかしたら光葉さん、めざましのタイマーかけ忘れちゃってるのかも……」


 マジすか? それなら早く起こしにいかなきゃ。


「こんなに遅くなるなんて普段はないですから……」


「起こしに行ったほうがいいですかね? 部屋はどこですか?」


「二階の右側の部屋です」


「そうですか。どなたか起こしに行く方おられますか?」


 時雨さんが手を上げる。


「それならわたしがやりますよ! だって光葉さんはいつも―――」


「あー大丈夫! 管理人のアンタがやればいいじゃない! 管理人なんだからそれくらいやんなさいよ!」


 時雨さんを抑えながら秋風さんが僕に向けて言う。小さいから高校生の女性の手で簡単に覆い隠されてしまう時雨さん。なんだか可愛い。


「それなら僕が起こしに行きますよ。右側ですよね?」


「ま、待って―――ムグッ!?」


「いってらー」


 僕は階段を登る。




 ☆☆☆☆




「ちょっとなにするの梨花ちゃん! 苦しいんだからやめてよ!」


「あー、ごめんごめん時雨さん。だってアタシ、どうしてもアイツに光葉さんを起こしに行ってほしくてさ」


「ダメだよ! だって光葉さんは―――」





「―――いつも寝る時は全裸なんだから!」

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