第7話 はじめましての朝ご飯④

 金髪の少女は僕の顔を見るなり悲鳴を上げた。しばらくして咲さんと時雨さんの後ろに隠れた。


 分からない。悲鳴をあげられたことに、僕は理解ができなかった。理解が追いつかなかったと言うのが適切なのかもしれない。悲鳴が家全体に響いたことによる、耳がキーンとなる現象のせいで追いつかなかったのだ。


 とてつもなく声量があり、そしてなにより、これまたとてつもなく高音の声だった。聴力に関しては常人より優れているという僕の自覚はあるが、ここまでの声量と高音域を持っている少女を未だかつて見たことがなかった。なんなら歌手でもここまで出せないぞ。


 姿を見ると僕より大幅に背が低く、僕の肩辺りの位置に頭がくる。いや待てよ? 金髪の髪の毛がフワフワになっているせいか身長をかさ増ししているようにも思える。つまり実質胸辺りの身長ということになる。推測だが高校生くらいだろうか。


 ふぇー。僕が高校生だった時は女子高生はみんな足元で身長をかさ増ししてごまかしていたのに、今は上半身に気を使うくらいになったのか。単純だしかつお金もかからなさそうだしね。


 しかし、一体僕のどこに悲鳴をあげる要因があったのだろう。僕はこうしてご飯を作って、初対面ながら挨拶をして、初対面ながらコミュニケーションを取っておけばいいと思っていたのだけれど……。


「今日から管理人になりました『高崎慎吾』と言います。よろしくおねが―――」


「いやぁー! なんでこんなところに男がいんのよ! それに変なエプロン着ちゃってるし!」


「だって僕が管理人ですし……。僕は男性ですし……」


「だからってここに男が居ていいわけないでしょ!? ここは女子しか住んでない下宿なのよ!?」


「なにそれ初耳です! ちょっとおばあちゃん、ちゃんと説明してよ!」


「いいから出ていきなさいって! ここは男は入ってきちゃだめなのよ! 分かるでしょ!」


「ふむふむ……男性はダメ、ですか……。つまり僕が男性じゃなければいいってことですよね?」


「へっ……。な、なにを……」


「今から性転換に行ってきます! おじさんの病院はたしか左の道ですよね!」


 僕がリビングから離れる瞬間、咲さんは僕の手を握って制止させる。温めたばかりだったトーストのサクサクした衣みたいな部分が、少しお口周りに付着していた。たしかにバクバク食べてましたもんね。


 咲さんは握った手をしばらく離さず、僕の目を真剣に見つめて金髪の少女に向けて言う。


「この方はおばあちゃんのお孫さんよ梨花ちゃん。だからおばあちゃんの代わりに今日から管理人になってくれるの。男性だけど話した感じとても親切な人だから、その……わたしたちに変なことはしないわよ……」


「えぇ~!? でも咲さんがそう言うなら……。でもアタシは認めたわけじゃないんだからね!」


「そんなこと言わないの梨花ちゃん。ほら、慎吾くんが作ってくれた朝ご飯とっても美味しいわよ」


「んぅ〜……。ん? キッ!」


 僕を威嚇するように睨んできた。怖い。単純に怖い。今まで女性に恨まれたり、こんなふうに睨まれたりされてこなかったからどんな対応をすべきなのか全くもって分からないぞ。やっぱり経験ってのは大切なんだな。しみじみ思うよ。


 そういえば咲さんはずっと僕の手を握っているが、何か朝ご飯のことでお気に召さないことでもあったのかな。料理の腕には自信があるのだが、やはり料理をお店で出すなどの経験はないため、至らぬ部分があったのかもしれない。


 ごまかす真似はもともとしない性分だ。しかし今回に至っては素直に聞いて置こうと思う。言い訳もしないようにしよう。これを期に咲さんの好みの味付けや盛りつけ、好きな料理を知って次回に活かしていこう。これもまた経験の一つなのだ。


「あの……えっと……」


「はい。なんでも言ってくださいね」


「な、なんでも……?」


「ええ。なんでも」


 恥ずかしがる咲さん。初対面なのは分かるが、僕は管理人であり咲さんのことも生活で管理する必要がある。恥ずかしがらずになんでも申し付けてもらえると助かるのだが、僕が男性であることも相まって言いにくいのだろう。


 やはり男性というのは女性にとって脅威になりかねないのかな。僕は男性だから女性の気持ちはわからないし、女性の心理状況も分かるはずない。なんでもこういうところは心理学的な分野になるため勉強をしなくてはだな。それにこういうことも女性から直接聞けば一番良いだろう。


 うーん。なかなか話そうとしない……。恥ずかしがらないでくださいよ咲さん。


 今考えることじゃないと思うけど、めちゃくちゃ気持ち悪いかもしれないけど、咲さんって美人だなぁ……。時雨さんも美人だけど、あちらはどちらかと言うと可愛いという分野に入る。咲さんは純粋な美しさと言えるな。


 この顔面偏差値が街で歩いてるのか。最高かよ。それにしても恥ずかしがる咲さんの顔が、どこか色っぽく感じるのはなぜだ? 顔が赤いからかな?


 ようやく咲さんが動く。


「えっと……」


「はい。どうされました?」


「あのね……」


 耳元に咲さんが近づく。


「―――わ、わたしは……男性のままで、いいと思う……ますよ……」


「いいと思うますよ? 何言ってるんですか?」


「い、いや! な、なんでもないから! ほら、ご飯食べましょ!」


「さっきの思うますよってなんですか? ちょっと咲さん?」


「いやいいから! 忘れて! お願い!」


 こうして四人全員が食卓についた。




 ん? 四人……だよね?

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