第6話 はじめましての朝ご飯③
「ふぅ……とりあえず良かったです。咲さん、あのままじゃ洗面台で溺れてましたよ?」
「うぅ〜。だってぇ……だってぇ……おばあちゃんだと思って、いつもの調子でコーヒー飲んだら目の前に男の人がいたからぁ……」
「ちょっと管理人さん! ダメじゃないですか! 女性を怖がらせちゃ! 突然管理人になったということは分かりますけど、いくらなんでも―――」
「いえ、僕、何もしてないです」
「ふぇ?」
「ですから、僕、何もしてないです」
「……」
そう。僕は何もしていない。何かをしていたというのを明確に説明しなければならないというのなら、ただ台所で作業をしていただけ。なんなら銀髪の女性とのコミュニケーションを取ったのは冷蔵庫の前に居たときだけ。……うん、何もしていない。何もしてないよね?
責められてる様子だが、しかし僕は本当に何もしていない。お咎めもないよね? 何もしてないんだから。でもこうして言われると、自分が何かしたのかと錯覚してしまいそうだ。
茶髪の女の子は銀髪の女性を見て、今度は僕の方を見る。自分が勘違いをしていたことに気づいたのだろうか。
「あの〜、咲さん? 何かされました?」
「ううん、されてない……」
「しゅみませんでしたぁー! 男性がいたもので突発的に勘違いしてしまってぇ! 本当に申し訳ありません!」
茶髪の女の子は地面につくほど頭を下げていた。礼儀や謝罪の作法の最終形態を目の当たりにしているような気分である。
「いえ、いいんですよ。ただやっぱり怖がらせちゃいましたよね? 突然台所に知らない男がいたら、そりゃあ誰だって驚きますよ」
「うぅ、なんとお詫び申し上げたら……」
すごく礼儀のしっかりしている女児のようだ。僕なんかとは比べ物にならないな。こんなに謝りたいという気持ちが強く出ている女の子は出会ったことがない。
「あっ、ほらほら、どうぞ朝食を食べてください。僕のことはお気になさらず」
「はい……。すみません……いただきます……。咲さん、食べましょう……」
暗い顔でトーストに噛みつく女の子を見て、癒やされている僕。無の表情でコーヒーを飲み続ける銀髪の美人な女性。
なんだこの状況。
☆☆☆☆
名前を聞いたところ、この小さな少女は『
隣りにいる銀髪の美人な方は『
ん? これって逆に僕が花園さんを見ていることがバレているのでは? それはそれで気持ち悪いな。
そして茶髪のボーイッシュな少女は『
「……あ、えっと、もしかして皆さんはお昼ゴハンはいつもお弁当とかですか?」
「私はいつも学食か購買でパパパっと済ませちゃいますね。咲さんはどうか分からないですけれど……」
「私はコンビニばっかりだから、あまりお弁当は作らないかしらね。あっ、すみませんタメ口なんか使っちゃって!」
「いえタメ口は大丈夫ですよ。ん? おいくつでしたっけ?」
「25です……。管理人さんは?」
「24です。年上ですか。ではどうぞ存分にタメ口使って下さい! 僕は誰に対しても敬語で行きますので」
「いえいえ! でも私、早生まれだから対して年は変わらないと思いますよ?」
だとしても同世代として認識していいのか? いやでも花園さんがそう言ってるし……。
「もう咲さん! 結局同年代なんですからタメ口でいいじゃないですか! 管理人さんは敬語を使い続けると言ってますけどね」
「じゃ、じゃあ管理人くん……いえ、慎吾くん……」
「じゃあ僕は花園さんで行きますね」
「なんで!? そこは咲って呼ぶ場面でしょ!?」
「ん〜……ならせめて咲さんで。呼び捨ては……うーん、呼ぶべきときになったらそう呼びますよ。でも今は昨日のことがあって気まずいので……」
咲さんは一瞬で顔を赤くしてしばらく喋らなくなってしまった。
春川時雨さんは咲さんの顔を見ては僕の顔を見てを繰り返し、彼女の反応の原因を探し出そうとしていた。
「管理人さん、昨日って何かあったのですか?」
「特に何もありませんでしたよ? 咲さんとは少し会って話をしただけです。ですから何も心配はいりませんよ、春川さん」
「私に対しては名字呼びなんですね……。私も咲さんみたいに名前の方が良いです! 春川さんなんてこの世にいっぱい居ますし、時雨のほうが分かりやすくていいじゃないですか!」
「さすがに呼び捨てではなく、時雨さんで」
「えっと、管理人さんのお名前は慎吾さんと言うんですか?」
「名前ですか? そうですけど……」
「んーと、管理人さんって呼ぶのがなんだか長い気がするので! お名前とか名字なら呼びやすいかなと。あと私、まだフルネームを知りません!」
「管理人よりも長い名前だったらどうするんですか?」
「はっ! そうじゃん!」
リアクションが可愛らしい時雨さん。本当にやってしまった、ミスったという感情が表情に分かりやすく写り出ている。
名前か。でも大した名前でもないし……。しかし時雨さんが知りたがってるし……。
「高崎です。高崎慎吾です」
「高崎さん……。管理人さん、よりかは呼びやすいですね!」
「それは良かったです」
「高崎さん……では私は高崎さんと呼ばせていただきますね!」
時雨さんが僕の名前を知り、口に出して呼んでいると、また階段から体重が乗る時の音がした。今度はノソノソとはいかず、かなり速歩きでドタドタとした足取り。転ばないでほしいのだが……。
リビングに現れたのは金髪に染めた大人びた容姿の少女。おそらくギャルの系統だろう。派手な外見から僕の超絶個人的な判断であるが、いい匂いがしそうだ。多分甘い感じの匂い。
……キモいな僕。
「あっ、おはよう梨花ちゃん!」
「ん、おはよう時雨さんと咲さん……。おばあちゃん今日のご飯は何〜?」
僕はその質問に答える。
「今日は目玉焼きにハムです。朝ですけどしっかり食べないとですね!」
「はぁ……? んぅ……?」
「あの、今日から僕が……」
「は? あんたダレ? てか、男?」
「男、ですけど……」
リビングに、そして家全体に広がる鋭い声。金髪のギャルは僕を見るなり、悲鳴を上げた。
僕が何をしたって言うんだ。
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