第5話 はじめましての朝ご飯②
「不審者さん不審者さん! 朝ご飯は何かなー?」
「トーストと目玉焼き、それからハムにサラダです。お好みで目玉焼きには調味料を使ってください。飲み物は……」
「あー、それなら自分でやるから大丈夫だよ〜。そこにあるボクのコップ取ってくれる?」
「この水玉模様のやつですか? はい、どうぞ」
「ありがとー不審者さーん。さてと、朝はやっぱりオレンジジュースだよねー」
「そうなんですか、美味しいですもんね。それより……」
「んー? なにー?」
キャラメル色の明るい髪を持つ少女に向けて、僕は率直に意見する。
「不審者って呼ぶのやめてもらえませんか?」
「……ん?」
「いや『ん?』じゃなくてですね……。昨日の流れ的にそう呼びたくなるのは分かりますけれど、さすがに人前で呼び合うとなると誤解されてしまうといいますか、あまりよろしくない呼び名だと思うんですよ……」
「え〜? ボクにとっては不審者さんってイメージなんだけどな〜。昨日だって玄関でウロウロしてたしさ〜」
「いえ、あれは電話をしていただけでですね、決してやましいことがあったからではなく……というか、今こうしてご飯を作ってる時点で不審者ではないと証明がつきますよね?」
「んー? たしかにー! じゃあ不審者さんは不審者さんではないということ、か」
「そうです。僕は不審者ではなくて、ここの下宿の管理人なんです」
僕は誇らしく腰に手を当てて答える。そこまで管理人という仕事に対して、誇れるほどの仕事としてのイメージは持っていないのが本音なのであるが、この間まで無職だった僕としては仕事に就けているという感覚があるだけ誇れるものだ。
この少女が管理人という職にどういったイメージを持っているかを度外視しているため、心のなかでは笑われている可能性もあるだろう。……さすがにそれはないか。
「管理人さん、かぁ……。なんか呼びづらいねー」
「そうですか? 不審者さんとほとんど変わらないような気もしますが」
「じゃあお兄さんって呼ぶことにしとくねー! なんか背も高いし大人っぽいし、色々とお兄さんっぽいからー!」
「お、お兄さんですか……。お兄さんと呼ばれるほど若くないと思うのですが……」
「えっ? お兄さんいくつ?」
「24です」
「お兄さんじゃん」
「お兄さんですか? 24ですよ? そこそこの年じゃないですか?」
「全然」
「もしかして僕ってお兄さんですか?」
「うん、お兄さんだよ」
「へ、へぇ〜……。そうかそうか……」
なんか嬉しくなった。見た限りではこの少女は高校生であるはず。高校生の中にあるお兄さんという概念、まだ24という数字が含まれているということなのか。よかった、無職で半分引きこもりみたいな生活してたから、世の中の考えに触れられて嬉しく思う。
つまり、僕はお兄さんということ。お兄さん、か。いい響きだ……。
「お兄さん? どしたの?」
「ん? あぁ、いやすみません……。ちょっと、お兄さんという言葉を考えてまして」
「嬉しかった? ボクにお兄さんって呼ばれて?」
上目遣いで聞いてくる少女は、まるで僕の顔色を伺っているようだった。
「うーん……。嬉しい……のか? 多分嬉しい……いや……」
「え、なにその反応」
「うん、はい、嬉しいとは思います」
「そうなんだ……」
我ながら思う。なんだ今の返答。ひねり出したはずの答えが、ウジウジした感じの答えになっててヒドイな。これはこの少女も少し引くに決まってる。なんかさっきの様子よりも、ちょっとだけ塩らしくなっているのはそのせいだろう。
「ふーん……なぁんだ、この人には効かないみたいだね……」
「えっ、何か言いました?」
「いやっ、ご飯が美味しいな〜って思っただけ〜……あはは……」
「そうですか、ありがとうございます! 料理には自信があるんです!」
「そっかそっか……。そういえば、お兄さんはどうして管理人になったの? 昨日まではおばあちゃんが……あぁ、その代理ねー」
「そうなんです。おばあちゃんが怪我しちゃいまして、代わりに僕が今日から……ということになります!」
「おばあちゃん、大丈夫かなぁ」
「今のところは大丈夫ですよ。捻挫した箇所は治るのに長引きそうですけど」
「そうなんだ……。じゃあ、おばあちゃんとはどんな関係なの?」
「孫です!」
「じゃあリアルおばあちゃんってこと?」
「リアルおばあちゃんであり、僕はリアル孫です!」
「なるほどそういう関係性ね〜。オッケー理解した〜!」
少女はトーストを食べながら、僕の顔をチラチラと見ていた。僕はそれに気づいていたが特に意味はなさそうだったため、何も気にすることなくテレビのニュースに視線を移した。
……ん? こうしてしばらくこの少女と会話をしていて忘れていたが、さきほどのキレイな女性は何をしているのだろう。たしか洗面台で顔を洗いに行ったはずだが。
僕が疑問に思っていると、洗面台の方から可愛らしい声がしてきた。
「ちょっと!? 咲さん、ここで何してるんですか!? 頭から水を被らなくても顔は洗えますよ!? そんなことしたらキレイな髪の毛がお水でベシャベシャですよ!?」
洗面台に行くと、さきほどの銀髪の女性とその横にいる小さな茶髪の少女がいた。
「ちょっとぉ〜、咲さぁん! ねぇ、咲さんってば……! 本当に何してるんですかっ! ほら、はやく朝ご飯を食べないと―――」
すぐに僕の存在に気づいたらしい。少女目線のでは扉に隠れながら自分たちを見ている気持ち悪いやつだと思うだろうなぁ。分かってるのになぜそんなことしてんだって話だけど。
「あ、ども……」
「どうも……」
しかし、なぜここに女児が? ここの下宿は全年齢対象なのか?
「あの……どちらさまで……」
「僕、今日からここの管理人になった『高崎慎吾』と言います! その……どうされたんですかね……」
「そうなんです! 助けてください管理人さん! ここから咲さんが動かなくて! このままだと立ったまま溺死しちゃいます!」
立ったまま溺死するという光景が想像できなかったが、放置しているとまずそうだったため、協力してリビングに運んであげた。
しかしこの女児は一体……。
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