第4話 はじめましての朝ご飯

 叔父と色々と話し合っていたため、家に戻ったのは日付が変わった時間だった。おばあちゃんはベッドでぐっすりと眠っているだろうし、なにより僕がまだ会ったことのない下宿で寝泊まりをしている人の迷惑にならないように、物音をたてずに静かに入った。


 おばあちゃんの家は3階建て。下の階にはリビングや台所、洗面所にお風呂など、生活に欠かせない設備が備わっている。その他にもおばあちゃんがいる畳の部屋や僕が使用する部屋もある。僕が使わせてもらっている部屋はもともと空き部屋だったため特に支障はない。しかしこの部屋はとても狭く、もはや独房と言えるほどだ。使わせてもらえるだけありがたいから文句は言わない。


 上の階には当然だが下宿を利用している方のための部屋がある。この家の構造上、2階の部屋は2部屋と物置きだったはず。3階も同様である。つまり単純に考えれば四人がこの下宿を利用していることとなる。


 こんな広い家を建てたのもおじいちゃんが要望したからだ。下宿を始めるといったのもおじいちゃんが最初だったらしい。


 そういえば帰ってからおじいちゃんに挨拶をしていなかったなぁ……。お風呂からあがったらすぐにおばあちゃんの部屋に行こう。


 僕は体を拭き、下着と寝間着に着替えておばあちゃんの部屋に行く。ふすまを開けるとベッドで寝ているおばあちゃんがいた。おばあちゃんは真っ暗な中で寝るのがあまり好きではないらしく、いつもぼんやりとした温かい豆電球を近くに照らしている。


 その豆電球の横におじいちゃんがいた。


「おじいちゃん……僕だよ……。ただいま、帰ってきたよ……」


 おじいちゃんは笑っている。常に笑っている。静かに笑っている。


「おじいちゃん……僕ね、ここの下宿の管理人をすることになったんだ……。下宿に住んでる人たちとちゃんと話せるか心配だなぁ……」


 僕は手を合わせて目を瞑る。


「ごめんね、おじいちゃん……。おばあちゃん寝てるから、は鳴らしてあげられないや……。お線香も夜だからできないね……。ごめんね……」


 おじいちゃんは笑っていた。その笑顔のおかげで頑張れそうだ。




 ☆☆☆☆




 朝食を作りながら、朝のテレビのニュースを聞いていた。火元を扱っているため見ることはできないが、聞くことは可能である。なんだか今日の気温は少し高くなるらしく、涼しい格好でもいいとのこと。時刻は7時を回ったころ、階段をのそのそと音を立てて降りてくる人がいた。


 窓から差し込んでくる優しい光がその人を包み込む。キラキラと輝くその髪色は、僕が昨日見とれた色だった。


「え……あの……」


「んぅ……? あー……」


「えっと……」


「あぁ゙……? まぶし……」


 目つきコワ。こんなの話しかけにくいよぉ……。昨日寝る前に頑張ろうとか思ってたのに、こんなに怖いなんて知らないよぉ……。


 でもさすがに顔と名前くらいは覚えてほしいし、というかそもそも初対面……ではないけれど、多分昨日のことはきっと覚えてないだろうし……。だって嫌われてるだろうし……。


 それでもまずは自己紹介からだ。顔と名前を覚えてもらおう。


「えっと、今日から管理人になりました『高崎慎吾』と言います……よろしくおねが―――」


「どいて」


 はい、自己紹介終了。今ので完全に僕の顔と名前は覚えてもらえないことが確定してしまった。


 銀髪の女性は僕を押しのけて冷蔵庫を開ける。すぐ横にあるペットボトルのコーヒーを取り出すと、同時にキャップを回して開け、そのまま口をつけてラッパ飲みを開始した。


 ご、豪快な人だなぁ……。こんなことしないと思ってた……。


 女性はコーヒーを飲み終わると机にペットボトルを置き、僕の方を見てきた。


「ヒッ……! す、すみません! 至らぬ所があればなんでも言ってください……!」


「ぷはー! やっぱり朝はコーヒーよね、おばあ―――」


「えっ?」


「えっ?」


 どうやらコーヒーを飲みたくて僕をどかしたらしい。女性は僕を見るなり、顔を赤くし慌てふためき、そしてすぐに謝罪した。


「す、すみません! おばあちゃんだと思ったもので、つい朝のルーティンを……! は、恥ずかしい!」


「い、いえっ! 僕の方こそ、昨日のうちに挨拶をしておけばよかったのですが……こんな急に知らない人が居てびっくりしますよね……あはは」


「し、知らない……わけではないですけど……」


「そ、そうですよねっ……! 昨日に一応会って会話をしているはずですよねっ……! あは、あはは……」


 会話が続かねー!


 初対面ではないとか言ってるけど、ほとんど初対面と同じ扱いだろこんなもん! そもそも僕自身が人見知りってのも影響してくるし、さっきの『どいて』が僕の中でちょっと心に刺さるものだったから気まずいんだよ!


 女性は顔を赤くしたまま洗面台で顔を洗うべく台所をあとにした。


「え、えぇ……」


「おはよーおばあちゃ……」


「あっ! おはようございます! 今日から管理人になりました、『高崎慎吾』と申しま―――」


「あっーーー!!! 昨日の不審者さんだぁー!」


 朝から誤解を招くような発言は控えてほしいものである。

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