第1話 銀髪美女との会合

「よかったぁ〜……!」


 安堵の声を漏らす慎吾はその場に崩れ落ちた。ヘナヘナと足腰がゆるくなってしまう。


 無理もない。数秒前まで嫌な予感が慎吾の頭の中を支配していたのだから。その予感が的中しないように祈っていた慎吾にとって、祖母の無事が確認できた瞬間というのは、思わず心が恐怖心に開放されたようなもの。


「なぁにがよかっただい。あたしゃ随分と年はいってるがねぇ、そんな簡単に死ぬもんじゃないよ。ちょっとばかり足腰が弱くなっただけだよ、安心しなさいや」


「そんなこと言ったって……倒れたなんて聞いたら、嫌な予感がするに決まってるじゃないか……。ホントにビビったんだよ……」


「あんたも男だろ? メソメソしてたら弱虫だ〜って言われて、女の子と結婚できないよ」


「別に結婚する気なんてさらさらないよ。こんなウジウジして気持ち悪いやつなんかと結婚したいって思ってくれる女性は、この世界には誰一人としていないんだからさ……」


「そんなことないさ、絶対あんたを好きになってくれる子がいるよ」


 慎吾は元気な祖母の顔を見て笑った。しばらく談笑していると、慎吾の方から容態の話を聞いた。


「……それで、体は大丈夫なの? 『捻挫』って言ってるみたいだけど、やっぱり一回病院に検査に行ったほうが」


「やだよ、なんで行かなきゃいけないのさ。ばあちゃんは病院が嫌いだって昔っから言ってんのさ。だから病院なんか行かないよ」


「えぇ……」


 祖母はこう言っているのだが、椅子から立ち上がろうとする仕草を見せない点に違和感を覚える慎吾。相変わらず心配性が出ているのか、一度捻挫をしている足を見てみる。腫れてはいるが少々捻挫とは違うものであると慎吾は判断する。


「あ、そうだ。叔父さんはいる?」


「一郎かい? 外に車は停まってあったかい?」


「うん、停まってたよ。だから外出しているわけではないと思うんだけど……」


「待った! 一郎に何か用なのかい?」


「うん? いやまあ、おばあちゃんの捻挫について聞こうかなと思ってね」


「いいよ聞かなくて」


「どうして?」


「ばあちゃんは平気だから」


「一応ね、一応聞くから」


 慎吾の叔父である『一郎』は、祖母の息子である。そして慎吾の母の兄に当たる人物だ。つまり母方の祖母にあたり、叔父は母方の叔父に当たるのである。


 一郎は近くの病院の院長をしており、それなりに収入がある。しかし幸せな家庭を持ち、基本的に実家にいることはない。今回はたまたま家に訪問したときに倒れてしまったらしいのだ。


(今はどこにいるのだろう)


 慎吾はもう一度外に出て、駐車場のほうを確かめてみた。


「ん? 誰かいる?」


 美しい女性が一人で佇んでいる。背が高くてスタイルも良い。そしてなにより特徴的な銀髪。その女性は静かに一人、夜の月を眺めていた。




 月の光に照らされて、キラキラとした銀髪がより一層きれいに見える。


「すごい、きれい……」


 思わず声が漏れる。急いで口を塞いだ慎吾、しかし魅了されているのか目が離せない。女性は声の方に顔を向ける。


(えっ、やばいやばい……! 今の聞かれたか!? 絶対にキモがられてしまう! おばあちゃんがああ言ってくれた矢先に……)


 心配をしている慎吾だが、この状況を切り抜ける方法を思いつくことができなかった。ただただ目の前に広がる美しい景色に心を奪われ、釘付けにされているのだ。


「ッ……」


 女性は長くおろしている髪の毛を恥ずかしがる様子で両手でクシャっと揉むように触った。顔をほんのりと赤らめているのが分かる。それに気づいた慎吾はすぐさま顔を背けようとする。


(今は叔父さんを探すのが先だ……! おばあちゃんの容態は医者的な視点からどうだったのかを聞かなきゃ……!)


 駐車場にはやはり車が止まっている。黒色の高級そうなセダン。


「医者ってやっぱり儲かるのかな……」


 そんなことを口にしている場合ではない。はやく叔父を探さなければと思うが、その叔父がどこにいるのか検討もつかない。思い当たるフシがなく、行き詰まっていた。


(あの女性にきいてみるか……)


 なんだか気恥ずかしい様子の慎吾。女性も慎吾が自分の方に向かってくるのが分かったのか、そっぽを向いて気付かないふりをした。その行動に嫌われたと勘違いする慎吾だが、意を決して会話を切り出す。


「あ、あの〜……」


「は、はい……」


「えっと、たしか黒いスーツの男性がこのあたりにいたはずなんですけど、とこに行かれたかご存知ですか?」


「一郎さん、ですか……?」


「叔父を知ってるんですか?」


「知ってるも何も、いつも親切にしてくださって助かってますし、おばあちゃんのことをいつも気にかけてくださっていますから」


 おばあちゃんという言葉に反応する慎吾。なぜこの女性がおばあちゃんと呼んでいるのだろうと孫である慎吾は思う。祖母はこの女性と面識があったという理由だけで説明はつくが、その場合だと名前で呼ぶのが普通なのではないかと考えたからだ。


(いや別に変なことではないな。知り合いだとしても愛称を込めてそう呼んでいる可能性もあるし。今はとにかく叔父さんに会わなきゃ)


「一郎さんって今どこにいるのでしょうか? 会って話がしたいなと思いましたので」


「裏の庭の方でおタバコを吸っておられると思いますよ。あの方は一服するときはいつも一人であちらの方に行かれますから」


「そうなんですか、ありがとうございます。助かりました」


 慎吾は安心した。


(この反応だと、さっきの僕のキモい発言は聞かれていないようだな……。よしよし、ここはうまくやり通して何事もなかったように……)


「それでは、僕はこれで……」


「あ、あのっ!」


「はい? 何でしょうか?」


「わ、私の……髪の毛……」


「へっ?」


「そんなにきれいですか……?」


(聞かれてたー! 絶対にキモがられたー!)


「き、きれい……です、よ? あ、あはは……」


「そうですか……」


「では僕はこれで……」


 その場を逃げるように去った慎吾であった。

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