第14話 現実世界
「何故、ここにいる……?」
見慣れたオフィス。
見慣れたデスク。
見慣れたクソ上司。
見慣れたパソコンの画面。
見慣れた資料。
ここって……!
「おい、山田!このミス、これで何回目だよ!」
「えっ……?」
意味がわからない……
俺は王都から帰ってきて、家のベッドで寝たはずだ。
何故ここにいる……!?
異世界転生の次は、現実世界転生か……?
なんでだよ……!
俺はあの世界で生きていくって決めたのに……!
こんなクソみたいな世界、記憶から抹消してやろうと思っていたのに!
この世界には、母さんも、父さんも、リューも、村の人たちもいない。
そんな世界に、一体なんの価値があるのだろうか。
それに、俺は会社をクビになった筈だ。
何故今更、こんなところにいる?
「おい、山田!聞いてるのか!?」
「ちょっと待て、今考えてる!」
「おいおい、上司に向かって、なんだ!その口のきき方は!」
俺は異世界で少しだけ人間性を学んだ。
だからこそ分かる、この上司はやはりクズだ。
どんな些細な出来事だって他人のせいにする。
部下の手柄は全て自分が持っていく。
ずっとそんな人間に囲まれて生きてきた。
だから、俺を含め人間というものはそういうものなのだと認識していた。
あの世界に行くまでは……
俺は知っている。
人の愛というものを。
「もういい!お前はクビだ!即刻立ち去れ!」
「はい、ありがとうございました」
最低限の荷物だけ持って会社を出る。
そこで、俺のスマホが鳴った。
『今日の夜、同窓会みたいなものやります!理由としては成人式から10年経った今、久しぶりにみんなの顔が見たいと思ったからです!』
このメール……
会社をクビになっていなかった。
見たことのあるメール。
もしかして、少しだけ時間が遡っているのか?
だとしたら、優香ちゃんはまだ死んでいないのかも知れない。
優香ちゃんが死んだ時、俺は何も感じることができなかった。
涙が出るどころか、まず、感情というものが存在していなかった。
今同じ状況に立ち会ったら何かしらの感情を持つことができるだろうか?
いや、まだ車に撥ねられる前だとしたら、何かしらの形で守ることが出来るのではないか?
"守る"なんて、俺の辞書には存在しなかった。
このように考えることが出来るようになったのはあの世界のみんなのおかげだ。
『俺も行きます』
クラスの共有メールに文字を打つのは初めてだ。
たった6文字入力するだけだったのに、俺の右手親指は震えている。
俺はスーツ姿のまま、クラスのみんなの元へと向かった。
「わー!久しぶりー!」
「へー!すごいねー!」
「なんか凄い変わったねー!」
今、俺の前にはかつてのクラスメイトたちがいる。
この前このクラスメイトたちの賑やかな声を聞いた時は嫌悪感しかなかったが、今はそれほどでもない。
「あー!山田くんだ!」
俺を呼ぶ声が聞こえて振り向いてみると、そこには優香ちゃんがいた。
今までの俺は、優香ちゃんの優しさには何か裏があると思っていたが、今は違うと確信できる。
纏っている雰囲気や表情から溢れ出す優しさ。
「山田って誰だ?」
「あいつだよ、ほら、"クラッシュ"!」
「ははっ、思い出した!暴走族みたいな名前の奴ね」
同級生は相変わらず俺の名前をバカにしてくる。
でも、名前をバカにされることくらいどうでもいいと思っている。
母さんや父さんに"クラッシュ"と呼ばれるたびに心が暖かくなる。
リューや村の人に"クラッシュ"と呼ばれるたびに俺の居場所があるんだなと思える。
昔は大っ嫌いだったこの名前も、今では自分で誇れるようになった。
だから、誰にどれだけバカにされようが、俺がこの名前を嫌いになることは、もうない。
「じゃあみんな集まったし、飲むぞ!!」
この会の幹部が居酒屋へと入っていく。
俺は生まれてこの方酒を飲んだことがない。
味はもちろんわからない。
酔うということが、どのようなものなのかわからない。
酒なんて飲んで得することはあるのかとよく考えていたものだ。
お金はかかるし、体にいいわけでもない、もし酔い潰れたら面倒臭いことになる。
でも、みんなの顔を見ていると、酒はコミュニケーションの一つなのではないかと思う。
酒を介して普段言えないようなことを言ったり、いい感じに酔って本音を語り合ったり……
俺にも友人と呼べるような人が出来たら酒の場というものを借りて話し合いたいものだ。
昔の俺なら、こんなこと絶対に考えなかっただろうな……
「酒も来たことだし、始めますか!乾杯!」
みんなでグラスを前に掲げて「かんぱーい!」という。
「ほら、山田くん!乾杯!」
隣に座っていた優香ちゃんが俺にグラスを向けて、そう言った。
「か、かんぱい」
カツンッという音を出しながらグラスを当てる。
俺が頼んだ酒はカシスオレンジというものだ。
人生初のお酒が30歳。
もう飲む機会はないと思っていたが飲んでみよう。
ゴクッと一口。
おぉ、なんだ、これ!
もっと苦いものだと思っていたが、そんなこともない。
カシスの芳醇な香りとオレンジのサッパリとした甘みが上手くマッチしている。
オレンジジュースの後味に少しだけ苦味が残る。
炭酸が喉の辺りでパチパチっと弾ける。
優香ちゃんに普段お酒飲まないならこれがいいと勧められたが、本当にその通りだ。
とっても飲みやすくて美味しい。
そして、なんか心地いい。
何故か顔が熱くなってきた。
というより、この部屋暑くないか……?
瞼が重い。
汗かいてきた。
喉が渇いた。
力が上手く入らない。
なんだろう、この初めて体感するような……
「山田くん!顔赤いよ!もしかしてお酒弱い?」
「えっ、お酒飲んだの初めてだからわからない」
「初めて!?30歳で?」
そうか、これ、酔っているのか。
これが酔いというものか。
想像していた何倍も心地いい、幸福感を得られる。
頭の回転が遅くなってる気がする。
呂律も回らない。
「ちょっと、山田くん?」
「ふぇ?
「うーん、完全に酔ってるなぁ、ごめんみんな、山田くん家に帰してくるね」
優香ちゃんが俺の腕を持って肩にかける。
足元がおぼつかないまま店を出た。
「山田くん、家どこ?」
「いえぇ、ない」
「えっ?どうしよう……」
優香ちゃん、すぐ近くにいる筈なのにとても遠くで話し声が聞こえる気がする。
「じ、じゃあ、うち来る?あっ、別に!やましい理由とかじゃないから!介抱するだけだから!」
「うぅ、うん……」
気持ちが悪くなってきた。
吐きそう。
前屈みになった瞬間、近くで聞き覚えのある声と音がした。
「いやあぁぁぁ!!!!」
「あぶなぁぁい!!!!」
それと同時に、バコッバコッ!と人が車に撥ねられる音、キィィィィ!!!!と言うタイヤのスリップ音、目の前には白い高級車がこちらへと突進して来ているのが見えた。
この光景……
俺の酔いは一気に覚め、正気を取り戻す。
この車に優香ちゃんは殺された。
絶対に守ってやる!
「【勇者覇気】!」
目と鼻の先まで迫っている車に対し、【勇者覇気】で止めようとしたが、
「あれ、なんで……」
俺の体に覇気は纏えず、そのまま車に撥ねられた。
あっちの世界で鍛えられた動体視力と受け身により、擦り傷で済んだ。
だが、俺の後ろでバコンッと人の撥ねられる音がした。
まさか、と思いつつ振り返ると、そこには壁にぶつかって止まったボロボロの車と地面に横たわっている優香ちゃんが目に映った。
「優香ちゃん!」
「…………。」
近くにより、大声で名前を呼ぶが応答はない。
まずい、また死んでしまう。
そう思いつつ脈を測っても……鼓動は感じなかった。
前回同様、即死だ。
代わりに俺の心臓がドクンっと鳴っているのを感じる。
その鼓動はどんどん大きくなっていき、次第には心音しか聞こえなくなっていた。
ドクンッドクンッドクンッ…………
「ゆう、か、ちゃん?」
俺の瞳から一滴の涙が滴れる。
いつも揶揄われていた俺を庇ったり慰めたりしてくれた優香ちゃん。
感情を持たなかったあの頃の俺でも嬉しいという感情だけは持っていた。
その優しさには何か裏があるだろう、と考えていた過去の自分を殴ってやりたいくらいだ。
今日だって、みんながなんとなく俺を避ける中、積極的に話しかけてくれて、自分から俺の隣の席に座ってくれて、酒に酔い潰れた俺を介抱しようとしてくれた……
そんな人が死んで、悲しくないわけがない。
人が死んで悲しいと思えたのはこれが初めてだ。
俺を産んだ母親から虐待を受けていた時よりも、飢餓に苦しむ村の人を見ていた時よりも、段違いに悲しくて悔しくて苦しくて……心が痛い。
人が死ぬってこんな感覚なんだ。
初めて知った……
「う、うぅ……うわぁぁぁぁあああ!!」
東京の街にパトカーや救急車のサイレンの音と俺の泣き声が響き渡った。
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