第13話 スラム街

 「王都から出ていけ!」

 「見ているだけで気分が悪くなる!」

 「勇者って、いない方がマシじゃないか?」

 「確かに、早く死んでくれないかな?」

 

 王都のどこへ行っても俺への酷い言葉や視線は止まらない。

 それらの罵詈雑言は俺の心を蝕んでいく。

 俺に向けられた言葉が、睨み殺そうとしてくる視線が、目に見えない形で俺を攻撃する。


 胸がズキズキと痛い。

 たかが他人の戯言なのに、視線なのに、どうしてここまで、胸が苦しくなるのだろう。


 「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 肺が苦しい。

 頭が痛い。

 過呼吸になっている。

 クラクラして上手く歩けない。


 「クラッシュ、大丈夫……?」


 リューが何か言っているが、よく聞こえない。


 キーーーンと耳鳴りがする。

 視界がぼやけてきた。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 何故、他人の言葉にここまで苦しい思いをしているんだ……?

 サラリーマン時代なんて、何を言われても苦しくなかった。

 俺の心の中はいつも"無"だった。

 上司にどれだけ「死ね」と言われても、

 周りの人に「ヤバい奴」と言われても、

 何も感じなかった。

 苦しくならなかった。


 「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 痛い……苦しい……悔しい……


 あれっ……足が動かない。

 あれっ……ここって何処だっけ?

 あれっ……なんで俺は、生きているんだっけ?


 バタンっ!


 痛っ……倒れたのか、早く起き上がらないと……

 あれっ……体が動かない…………

 

 王都の道の真ん中で、俺の意識は途絶えた。


 

 「……。ーーーー。……か?」

 

 誰かの声が聞こえる。


 とても落ち着く声。

 俺を受け入れてくれるような。


 「……大丈夫か?クラッシュ、大丈夫か?」

 「父さん……?」


 父さんが俺を心配そうに見下ろしている。


 「あれっ……俺……」

 「道の真ん中で倒れたんだってな……大丈夫か?怪我はないか?」

 「うん」


 そうか、俺、気を失っていたのか。


 「リューが息を切らしながら冒険者ギルドまで来て、父さんを呼んだんだ、リューには感謝しろよ」

 「う、うん」


 リューには本当に感謝しかない。

 けど、こんな不甲斐ない姿を見られて、

 ダッセェな、俺。


 「クラッシュ、大丈夫?」

 「あぁ、うん」


 リューは心配そうな目でこちらを見ている。


 「ここは?」


 「ここは大通りから少し離れた裏路地だ。どうしても人目を引いてしまうからな、なぁ、クラッシュ、父さんはお前をこんな気持ちにさせたくて王都に連れて来たんじゃないんだ、ごめんな」

 「いや、俺が来たいって言ったんだもん、それに、倒れたのは俺の心が弱いからで……」


 何故だろう、今日は、父さんに情けない姿を見られるたびに、心がズキズキする。

 

 「なぁ、クラッシュ、今日は帰ろうか?」

 「嫌だ……」


 もうこれ以上、弱い姿は見せたくない。

 俺は大丈夫だよ!って安心させてあげたい。

 今の父さん、罪悪感で押しつぶされそうな顔をしている。


 「でも、クラッシュが……」

 「俺は大丈夫だからっ!」

 「でも……」

 「大丈夫だからっっ!!」

 「おいっ……クラッシュ!」


 気が付いたら、父さんたちの元から逃げ出していた。

 こんな事するはずじゃなかったのに。

 父さんの手を振り払って、リューの心配そうな顔を無視して、逃げ出してしまった。


 「クラッシュ、に行ってはダメだ!」

 「着いてこないで!!【勇者覇気】!」


 足音がしたので【勇者覇気】を使って突き放す。


 十数分裏路地を走ったところで先程の賑やかな王都とは比べ物にならないほど、負の感情ばかりが漂うゴミ捨て場のようなところへと出た。

 

 家のような建物は窓が割れ、扉は壊れている。

 地面には数々のゴミと誰かの血痕がこびりついている。

 壁には汚い落書きのようなものがある。


 そして、とても臭い……。

 さっきとは違う種の、息の苦しさが俺を襲う。


 すぐにここを離れなければならないと思ったが、何故か俺の体はこの土地に引き寄せられる。


 少し歩くと、希望を失ったような顔をしている子供が壁にもたれかかりながら座っているのが見えた。

 同い年くらいの女の子だ。

 

 「君、名前は?」

 「…………。」


 何故かわからないが、この子にすごく惹かれている。

 どこか懐かしさを覚えるような優しい雰囲気。

 この懐かしさが何かは分からない。

 俺の気のせいかも知れない。

 だが、何故かこの子に関わりたいと感じた。


 「ユ、カ……な、まえ、ユ、カ……」

 

 しばらく待っていると女の子は口を開いて、そう言った。

 

 「ユカちゃんか!よろしくね!」

 「う、うん……」

 「君は、生きていたい……?」

 「分からない……苦しい、怖い」


 そうか、この子は俺と同じなんだ。

 現実世界で生きていた頃の、俺を産んだ母親に虐待を受けていた頃の俺と同じ目をしている。

 何処にも希望を見出せず、なんのために生きているのかも分からない。

 ここから逃げ出したいのだろう。

 死にたいと思っても、自死する勇気は出ない。

 わかる……分かるよ、その気持ち。


 「そうか、俺と一緒にくるか?」

 「えっ?」

 

 少女の瞳が、一瞬輝いた。

 

 「でも、無理……だよ、逃げようとしたら、殺される」

 「殺されるって、誰に?」


 少女と会話をしていると、後ろから足音と共に罵声が聞こえてきた。

 

 「おらぁ!お前誰だよ!綺麗な服着てんなぁ!その服よこせ!」


 後ろを振り向くと、大柄の男の人がこちらに向かって歩いてきている。

 顔の右側には大きな傷跡がある。

 手には剣を持っており、俺に斬りかかろうとしている。


 「【勇者覇気】!」


 俺は振り下ろされた剣を素手で止め、その剣を折る。

 父さんの剣に比べたら、全然遅い。


 「お前、よくも!おい、コイツを殺るぞ!」

 

 男がそう叫ぶと、あたりからたくさんの野蛮な男たちが出てきた。


 どうすればいい、これだけの量は流石に相手出来ない。


 「クラッシュー!こっちに来い!」

 

 父さんの声?


 声のする方へ顔を向けると、父さんとリューがそこにいた。


 「ここはスラム街だ!子供がいていい場所じゃない!戦わずにこっちまで来い!」

 「うん!」


 男たちの間を掻い潜り、父さんたちの方へと走る。


 「おい、あれ!Bランク冒険者のダビルだ!」


 男たちはそう騒いで何故か興奮している。

 戦闘狂なのか……?

 これがスラム街というものなのか?


 俺は全力で逃げ、その場を後にした。


 

 「クラッシュ、お前、バカ!あそこはこの王都で最も危険なスラム街だぞ!生きていることが不思議なくらいだ」

 「ご、ごめんなさい」


 父さんがこれだけ声を荒げるのは初めてだ。

 王都の人たちは俺に死んで欲しいらしいが、父さんは、俺のことを心配してくれるんだな……


 「もうスラム街に行ってはいけないぞ」

 「はい」


 そう約束し、村へ帰る馬車に乗った。


 帰りの馬車で、今日1日を振り返る。


 王都の人がここまで勇者を嫌う理由はなんなのか。

 言い伝えられてきた話で勇者が人を見捨てたからか?

 それだけで、こんなに罵倒される原因になるのか?

 俺とその勇者は全く赤の他人だというのに。


 スラム街とはなんなのだ?

 地球にもある。

 だが、こんなにも酷いところだとは……

 女の子が心配だ。

 あんな環境で暮らしているのか?


 あの女の子には昔の俺が重なる。

 何故か懐かしさがある。

 

 いつか必ず助け出す。


 そう決心し、馬車の上で眠る。

 

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