第10話 ただいま!
ドスッ、ドスッ…………
重たい空気。
重たい足音。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
肺が苦しい。
息を吸うたび、体の中がどんどん汚染されている感覚がする。
今まで感じたことのない、身が縮み上がるような恐怖。
その恐怖のせいか、膝がガクガクと震え、足の一歩も踏み出すことが出来ない。
「ク、クラッシュ……」
助けを求めるように俺の名前を呼ぶリューの声は、今まで聞いたことが無いほどに震えている。
「だ、大丈夫だよ……約束したでしょ、俺が守るって……」
「う、うん……」
子供だけでこんな魔物と戦うのは命知らずにも程があるだろう。
でも、この魔物のせいで、村の人たちは苦しい思いをしているんだ。
この魔物のせいで、俺たちの幸せな暮らしが壊されるんだ。
「アカネ、何があっても俺の命を守れ」
「わん!」
アカネはただの魔物だ。
愛情を注いでもいなければ、可愛いと思ったこともない。
俺はアカネを"命を守る道具"として扱う。
このように考えるのが、そもそも俺の駄目なところなのかも知れない。
だが、自分に関わりのない他人や魔物にはどうしても無関心になってしまう。
それは、少しの間一緒に過ごしたアカネも同じだ。
だから、
「何があっても"俺の命"を守れ」
「わ、わん!」
そう約束し、戦闘態勢に入る。
それと同時に相手の魔物が木陰から姿を見せる。
その見た目は、ワニのようなものだった。
大きさが少しだけ大きく、背中に鋭い棘が生えたワニだ。
ワニの魔物は無言でこちらの様子を伺っている。
「【勇者覇気】」
相手を刺激しないよう、静かな声で覇気を纏い、拳をグーに握りしめ、いつでも攻撃ができるように姿勢を低くする。
「グルルルッ!!」
アカネはとても分かりやすく威嚇している。
俺やリューは立っているだけでいっぱいいっぱいなのに、アカネはすごいな。
「ガウッガウッ!」
「っ!?」
1秒前まで瞬きすらもしていなかったワニの魔物は先程とは打って変わって俺たちに攻撃を仕掛けてきた。
アカネが俺たちと魔物の間に入り、攻撃を受け止める。
まだ生まれたばかりの子供で柴犬くらいの大きさしかない魔物が、ここら一帯で1番強そうな魔物の攻撃を受け止めたのだ。
アカネの防御により威力は落とせたが、全てはいなしきれずアカネは跳ね飛ばされた。
「【勇覇拳】!」
俺の中でもっとも威力のある唯一の攻撃技をぶっ放す。
だが、
「うぐっ、うわぁ……」
俺の拳はワニの魔物の皮膚に当たった瞬間、手は血で爛れ、骨は砕け、もはや原型を留めることができなかった。
「クラッシュ!!」
「こっちに来るな!」
叫び声を上げながら、こちらへと向かってくるリューをその場に留める。
今こちらへ来たら魔物に殺されてしまうだろう。
絶対にそんな事はさせない。
ワニの魔物は首を捻らせながら口を180度に開く。
そしてそのまま俺の腕を噛みちぎろうと口を閉じた。
「わうーん!!」
間一髪のところでアカネが間に入る。
アカネは間髪入れずに蜘蛛の糸のようなものを噴射させてワニの行動を制限する。
「な、なんだ……これ?」
この糸はまるで、先程戦ったばかりの蜘蛛の魔物の糸のようだ。
アカネの能力か?
よく分からないがこれは絶好の機会だ、
相手は身動きが取れない。ここで畳み掛けるしかない!
「リュー!畳み掛けるぞ!」
「うん!」
攻撃態勢に入るが、相手は口を開けて威嚇している。
その大きな口に躊躇い、攻撃が出来ない。
何か弱点はないのか……?
魔物の弱点なんか分かるはずもない。
魔物、肉食、大きい……
相手に関連することを次々に考える。
ワニって確か、噛む力は強いけど、口を開ける力は弱いんだったよな。
「アカネ!糸で相手の口を抑えろ!」
「わん!」
アカネが糸を相手の口に巻き付けると、予想通り相手は口を開けずにいる。
キイイイイイイイ!!!!
ワニの体から耳に障る音が聞こえてくる。
気持ち悪い、頭が痛くなる、なんだこの音……
まるで超音波のようだ。
耳を押さえていないと鼓膜が破れそうだ。
「おおおお!!!!」
耳から血を出しながらもリューが相手の目に剣を突き刺して視界を無くした。
「クラッシュ!後は任せるわ!」
「わんわん!」
ははっ、こんなに誰かに期待されたのっていつぶりだっけ?
いや、そもそも期待の目を向けられることなんて初めてだろう。
俺を信じてくれているんだ。
絶対に応えてやる!
「【勇覇蹴】!」
全ての覇気を足に込め、思いっきり相手の顔を蹴る。
バキッ!
という音と共に、俺の足と、相手の首が折れた。
幾ら魔物といえど、首が折れた状態では生きられない。
そう、勝ったんだ。
「やったー!クラッシュ!」
「リュー、やったね!」
「わんわん!」
村の飢餓状態を引き起こした元凶の魔物を倒すことが出来た。
アカネはまたもや魔物の死骸を喰っている。
「おい、それ村に持って行くから食いすぎるなよ!」
「そうよ!ワニの肉は美味しいらしいんだから!」
これを持って帰って、少しでもお腹が空いている人の力になりたい。
3人で持って帰ればなんとかなるだろう。
「よし、帰ろう!」
「そうね……って、私たち今迷子だったんだ」
「あっ……」
再び絶望の淵に立たされた俺たちだったが、アカネが自分を信じろ!と言わんばかりに堂々と俺たちを案内する。
それもワニの肉を1人で引き摺りながら。
ピーーー!!
アカネの体からはワニの魔物から聞こえてきた超音波のような音が聞こえてくる。
やはりアカネは、相手の能力をコピー出来る可能性が高いな。
超音波を発し、その音の反響で周りの状況を嗅ぎ分けているのだろう。
村もそれで見つけたのかもしれない。
「よし、アカネについていこう!」
「うん!」
リューは俺のそばに寄ってきて腕を取り、それを自分の肩に乗せた。
「リ、リュー!?」
「足、折れてるでしょ?肩貸してあげる!」
ニカッと笑うリューに、思わずドキッとする。
流石に俺でも分かる、この気持ち。
俺は、リューのことが好きなのだろう。
今はまだこの気持ちを伝えることが出来ない。
自分に自信がないし、俺はクズ人間だから。
いつか、自分を認められる日が来たら、この気持ちを伝えよう。
そう決意した瞬間、アカネが引き摺っていた魔物の口から、黒いガラス玉のようなものが出てきた。
「なんだこれ?」
「なんだろう?」
「わふぅ?」
その玉は見ているだけで気分を害す。
俺は折れていない方の手でこの玉を木に投げつけ、割った。
その行為が、後に俺をどれだけ後悔させる事になるのか、この時はまだ、知らない。
数時間歩いたところで、見慣れた柵に辿り着く。
あぁ、やっと着けた。
生きて帰って来れた。
「リュー、着いたね」
「う、うん……グスッ!」
リューは安心したのか笑顔で涙を流した。
「クラッシュ……?クラッシュなの?」
前方から何度も聞いてきた俺の大好きな声が聞こえてきた。
顔を上げると、涙を流しながらこちらへと駆け寄ってくる母さんが目に映った。
「母さん……」
母さんは俺の目の前までくると、ギュッ!と俺を抱きしめた。
それは今までで1番強い抱擁だった。
「よかった、よかった、クラッシュ、無事でよかった!どこ行ってたのよ!心配したんだから!」
泣きながらそう言った母さんの姿を見て、俺も瞳に涙が浮かんだ。
今までこんなに本気で心配されたことなんてなかった。
「クラッシュ!」
今度は後方から父さんの声が聞こえてきて、振り向く前に後ろから抱きしめられた。
「クラッシュ、よかった!もしお前が死んでいたら、父さん生きてられないよ!」
初めて見る父の涙。
その光景を見ていたリュー、アカネを含め、俺たちは全員で泣いた。
俺は父さんと母さんを正面から見つめた。
「父さん、母さん、ただいま!」
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