第9話 アカネ

 「なんだ……こいつ……?」


 卵から出てきたのは、夕焼け色の毛をした、犬のような魔物?だった。


 大きさは日本でいう柴犬くらいだろうか。

 真っ黒な瞳には、不思議そうな顔をしている俺の顔が写っている。


 敵意は感じないので、膝の上に乗せてみると、


 「ワゥーン」


 と嬉しそうな声をあげる。

 

 別に動物が可愛いとは思わない。

 鳴き声がうるさいし、人の言うことを聞かない。

 それを好んで飼う人の気が知れない。


 お金をごっそりと持っていってしまうだけの獣を飼って何が良いのか。

 

 だが、コイツは使えそうだ。

 見る限り、纏っている魔素の質がとても高い。

 今はまだ子供だが、成長した時味方につけていたら有利に物事を運ぶことが出来るだろう。

 損得勘定が働く。

 

 「お前、俺と一緒に来るか?」


 そう言うと、膝の上にちょこんと座っている小さな魔物は尻尾を振ってこちらに目を向けた。


 「わん!わん!」

 「お前、人の言葉分かるのか?」

 「わん!」


 人の言語を理解できる魔物なんて、初めて出会った。

 魔物と会ったこと自体、今日が初だが。


 〔【グラトニーフェンリル】から仲間になることを許可されました。テイムしますか?〕


 「な、なんだ、これ……」


 "少年"とは違う声が頭の中に響く。

 気持ちが悪い。頭が痛い。

 

 グラトニーフェンリル?

 テイム?


 テイムという言葉は理解ができる。

 昔読んでいたラノベによると、魔物や動物を仲間にする能力のことだ……たしか。

 

 グラトニーフェンリルとはこの魔物の種類のことだろう。

 あれ?グラトニーって、どういう意味だっけ?

 異世界に来てまで英語力が必要とは……

 もっとしっかりと勉強しておけばよかった。


 それよりも、この声は誰の声なんだ?

 誰かが俺を監視しているのか?


 分からないことだらけで気味が悪いが、今は目の前の問題を片付けるべきなのだろう。

 

 「もちろん、テイムしよう!」


 そう言った瞬間、俺の腕と犬の首が赤い糸のような光で結ばれ、それぞれに腕輪と首輪が付けられた。


 この魔物は俺の仲間となった。

 ならば、名付けをしなければならないな。


 最初にこの魔物を見た時、真っ先に夕焼けの空が頭に浮かんだ。

 色で例えるならば、茜色だろう。

 

 コイツがオスかメスかは分からないが、付けたい名前を付けるだけだ。


 「お前の名前は【アカネ】な!」 

 「わん!」


 こうして、俺にアカネという魔物の仲間ができた。

 

 「なぁアカネ、どうすればここから出られるかな?」

 「わふぅ?」


 生まれたての魔物に分かるわけないか、と思ったらアカネは俺を案内するようにテクテクと細い一本道へと入っていった。


 しばらくすると、如何にも人工的に作られたであろう階段のようなものが見えてきた。

 その階段は地上へと繋がっているようなので、俺たちは登ってみた。


 地上へと出ると、そこは俺がさっきまで素潜りしていた池の横だった。

 

対岸には眠っているリューの姿が見える。


 「リュー!」


 俺はアカネと池の周りを全力で走り、リューの元へと駆けつける。

 

 「リュー、1人にしてごめん」

 「う、うぅ……」

 「リュー!?」

 

 何時間も眠ったままだったリューが目を開けた。


 「リュー!よかった。体の調子はどう?」

 「う、うん、腕が痛いけど、大丈夫」

 「よかった」


 この池に来てよかった。

 この池でリューの解毒をすることができたから。

 この池で回復できたから…………

 

 あれ、俺、人の安否について、こんなに考えたことはあっただろうか?

 

 人が目を覚ましただけで、こんなに嬉しいと思ったことはあっただろうか?


 こんなに、人のために時間と労力を使ったことがあっただろうか?

 

 少しずつ、自分の中の何かが変わりつつあることを実感しつつある。


 「改めて言う、俺は君の命を絶対に守り切る」

 「ふふっ、じゃあ私はクラッシュを守る!」


 そう言ったリューの笑顔はとても輝いて見え、何故か俺の心臓がギューっと締め付けられるのを感じた。


 なんだろう、この感じ。


 「そういえば、その魔物、なぁに?」

 

 リューがアカネのことを指差しながら不思議そうな顔で質問してくる。


 「コイツはアカネ。グラトニーフェンリル?っていう魔物らしい。卵を孵化させたら仲間になったんだ」


 俺がそう言うと、リューは目をキラキラとさせ、アカネに飛びついた。


 「仲間になったのー!?可愛い!よしよし!」

 「わっ、わふっ……」


 アカネは困惑しながらも、リューに撫でられている。


 「そういえば、リュー、お腹空いてないか?」


 「お腹?そういえば、すごく空いてる」

 「じゃあこれ食べな?本当に美味しいぞ!」


 見た目だけは気持ち悪い、ミミズと幼虫を混ぜたような魔物の肉を差し出す。


 「えっ?げっ……うえっ……」


 ふふ、予想通りの反応だ。

 だが、俺はこの肉が美味いことを知っている。


 「俺も最初は食べるの躊躇ったけど、意外と美味いぞ!」


 リューは俺の押しに耐えられなかったのか、ため息をつきながらも齧り付いた。


 「んっ!美味しい!?」


 予想通りに目を輝かせ次々と口の中に肉を放り込むリューを見ると、また胸のあたりがギューっとなる。


 「クラッシュ、どうかした?」

 「う、うわぁ!?」


 下を向いて、考え込んでいた俺の顔を覗き込むようにして話しかけてきたリューはとても可愛く見えた。

 

 心配そうに上目遣いでこちらを見てくるリューの顔は、なぜだかとても綺麗に見える。


 この気持ち…………いやいや。

 

 俺に限ってそんな事はないだろう。


 「休憩もできたし、そろそろ村を見つけよう」

 「うん、そうだね」

 「わん!」


 安全地帯である池のそばを離れ、3人で森の中を歩き回った。


 「グルルルッ!」


 1時間ほど森の中を彷徨っていた時、突然アカネがなにかを警戒するように姿勢を低くする。


 「アカネ?」


 辺りを見回しても何も見えない。


 だが、確かに魔物の気配を感じる気がする。

 

 「クラッシュ!上!」


 俺より5メートルほど後ろにいたリューが大声でそう叫ぶ。

 上を見ると、木の上から蜘蛛の形をした魔物がこちらを見ている。

 体調は2メートルくらいだろうか。

 蜘蛛の魔物は糸のようなものを噴射させ、こちらに攻撃を仕掛けてくる。


 「【勇者覇気】!」


 魔物の糸は俺の覇気に触れた瞬間、ホロッと消えていった。


 蜘蛛の魔物は糸を使った攻撃は無意味だと悟ったのか木の上から降りてきて俺たちの前に立ち塞がる。


 だが、この魔物は【勇者覇気】を纏った俺の相手にはならない。


 「うおおおお!!」


 正面からパンチで殴る。


 相手からは青紫色の血液が出てきた。

 今更これに気持ち悪さは感じない。

 

 蜘蛛の魔物が死んだのを確認した瞬間、アカネが蜘蛛の魔物に喰らい付いた。


 その姿は獲物を目の前にした獣だ。

 驚きながらも勇ましさを感じる。

 

 「アカネ、美味しいのか?」

 「わん!」


 その姿を見て、グラトニーの日本語訳を思い出す。


 【暴飲暴食】


 それがグラトニーだ。

 食べることが1番の幸せなのだろう。


 「あはは、好きなだけ食え!」

 「わん!」

 

 アカネが食べ終わるのを待ってから、俺たちは再び森の中を歩き回る。


 この3人なら、生きて帰れるのではないか?

 と、希望を見出した瞬間、禍々しい気配を少しだけ遠くに感じた。


 「…………」

 「…………」

 「…………」


 生物としての本能がその場で立ち止まらせる。

 気配を消した。


 今まで感じたことのない緊張感に息が荒くなるが、その呼吸音でさえも静かにしなければならないと、本能で悟る。


 だが、魔物は俺たちの方へと近づいてくる。

 まるで姿の見えない俺たちの居場所を全て把握しているかのように。


 そして、10秒も経たずに俺たちの目の前へと姿を現す。


 その姿を見た瞬間、俺は分かってしまった。


 皆んなの大切な村を荒らした、元凶の魔物はコイツだ!

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