第8話 迷子

 「はぁ、はぁ、はぁ……」

  

 もう、どれほどの時間が経過しただろうか。


 意識を失ったリューを背負いながら魔物のいる森の中を歩くことは、11歳の俺にとっては過酷な試練だ。


 女の子にこんな事を言うのは良くないが、

 正直、重たい。


 いや、重たくなっていったと言う方がいいだろうか。

 もう、何時間も彼女を背負いながら村への道を探している。


 足腰が悲鳴をあげている。

 疲弊して彼女の体重を支えきれない。


 【勇者覇気】は魔物と戦うときだけ使っている。


 とてつもない力を使える代わりに体力の消耗が激しすぎるのだ。

 もう、何体の魔物を殺めただろうか。


 【勇者覇気】はとんでもないスキルだ。

 倒すのにあれだけ苦戦していた魔物を一撃で倒すことが出来る。

 

 この数時間で10体くらいは倒しただろう。


 だが、そのせいか、体力が尽きかけてる。

 

 前に進めない。

 視界がグラグラする。

 足の感覚がなくなってきた。

 

 だめだ、思考がネガティブになって来ている。

 

 そうだ、ここで死ぬわけには行かないんだ。


 何か、何か、俺を救ってくれるものはないのか?


 ジョロジョロジョロ、ポタッポタッ……


 げ、幻聴か……?

 川の水が流れる音がする。

 

 近くに川があるのか?

 

 喉が渇いた。

 体全体が干からびそうだ。


 俺は本能に任せて水場を探した。


 川の音が近くなってきている。


 こうして辿り着いたのは、


 「滝?池?綺麗だ……」

 

 鮮やかな緑の木々に囲まれた、エメラルドグリーンに輝く池と、その池に注ぎ込む滝だ。


 先程の息苦しさは無くなり、とても澄んだ空気が肺を循環する。


 魔物の気配も感じない。


 安心と疲れがドッと俺の体に溜まっていく。


 「とりあえず、リューの傷口を洗わないとな」


 リューの腕を池に浸す。


 すると、リューの腕に溜まっていた紫色の膿は取り除かれ、変色していた腕は本来の肌の色を取り戻していった。


 「なんで、だ……?」


 なんでも治してしまう万能薬!?

 な訳ないか。毒は消えているようだが、傷は治っていない。

 

 この水は解毒作用があるとか、そんなところだろう。

 

 なんにせよ助かった。

 リューが死んだらどうしようかと思ったよ。


 この俺が、自分以外の人の心配をしている。

 戸惑いは一切無い。

 心の底から、自然と湧き上がる感情だ。

 

 「はぁ、よかった……ゴクッ、ゴクッ!」


 俺も勢いよく水を飲む。


 「……っはあ、美味しい!」


 疲労のせいもあるだろうが、俺が今まで飲んできた飲み物の中で1番美味い。

 

 自然のありがたみを大いに感じる。

 

 ぐうぅぅぅぅぅ……


 お腹が鳴る。


 いつもなら朝ごはんを済ませているだろうか。


 父さんと母さん、絶対に心配してるよな……

 ごめんなさい


 取り敢えず、何かをお腹に入れたい。


 釣りでもしようかと考えたが、魚はいるのだろうか?

 

 池の中を覗いてみると、何処までも澄み渡っているが底が見えない。

 ずっと見ていると、何か吸い込まれそうな気分になる。

 怖い。

 落ちたら帰って来られないだろうと俺の直感が囁く。


 釣りといっても、どうやってやろう?

 釣り竿は?釣り糸は?餌は?


 何もかも足りない。

 しかし、お腹は空いている。


 一か八かで、潜るか?


 生きて帰れるとは限らないが、死ぬとも限らない。


 このままではどちらにせよ飢え死にしてしまう。


 うーーん、と考えながら池のそばを歩き回る。


 「うぅう、うわぁぁ……!!」


 チャポンッ!


 「ごぼっ、ぼ、ごぼごぼ……」


 一瞬のことで何が何だか分からなかった。


 あれ、俺、池に落ちたの?

 息ができない!

 溺れているのか?


 まずい、これ、死ぬやつじゃね?


 手足をバタバタさせ、必死に這い上がろうとするが、むしろ下がっていっている。


 いや、確か、溺れている時は一旦冷静になって、ゆっくりと、ゆっくりと、上に浮かぶイメージで。


 すぅぅーっと上に浮かんでいく。


 「……っぷっはぁ!! はぁはぁぁ……」


 何とか上がることができた。


 底が見えず、吸い込まれそうな雰囲気を醸し出していたが、入ってみると、普通の水だ。


 泳げなくはない。

 

 一旦陸に上がり、リューが持っていた剣で木を切った。

 その木の先端を尖らせるように削っていき、簡易的なモリを作る。


 体温を下げないため、沈まないために上の服を脱ぎ、再び水の中へと入る。


 中を見てみると、意外と魚がいる。


 よく見ると、見慣れたマグロや鮭などがいる。

 不思議だ。ここは海ではない。

 塩水でもない。

 にも関わらず、海に暮らす魚がいるなんて。


 マグロってこんなに大きいんだなぁ……

 俺の前を横切ったマグロは、俺と同じくらいの大きさをしていた。


 こんなに大きいのは陸まで持っていけないな。


 もう少し小さい獲物を見つけようし、一回息継ぎをしに行こうと考えていたその時、


 「ぐぅ、うゎあー!!」


 水の底から白色の気持ち悪い、ミミズ?のような魔物が俺目掛けて突っ込んできた。


 「【勇者覇気】!」


 すかさず【勇者覇気】を解放し、間一髪のところで避ける。

 

 なんだこいつ……気持ち悪い……

 

 虫の幼虫とミミズを掛け合わせたような見た目をしており、先端には大きな口と鋭い歯がついている。


 体を唸らせてこちらに向かってくるざまはとても気持ち悪い。


 とにかく気持ち悪い……


 【勇覇拳】を撃ちたいが、水中では踏ん張りも効かなければ水圧で威力も出ない。

 

 こいつは、俺目掛けて突進してくる。


 ならば、陸に逃げてこっちの戦場まで誘き出してやるよ!


 俺は魔物に背を向け、陸へと向かう。


 よしよし、着いてきてるぞ。


 ザパーッン!


 水から抜け出し、陸へと足をついた時、相手の魔物は勢いよく俺を追いかけてきたせいか勢い余って水中から空へと舞った。


 「そこだ!【勇覇拳】!」


 一撃で仕留め、青紫色の返り血を浴びた。


 ん?ちょっと待て、なんだこのいい匂いは?


 気持ち悪い魔物の返り血、一滴一滴から、物凄く芳醇でクリーミーな香りがするではないか。


 空腹で今にも倒れそうな俺は、理性など失ってその魔物に食らいついた。


 「うまい、うまい!!」


 何なのだこれは……!

 味としては、サーモンだ。

 だが、今まで食べてきたサーモンとは違い、本当に良い油が乗っていてクリーミーな味わいを楽しむことが出来る。


 魔物でも食べられるやつがいるんだな……


 気持ち悪い魔物誘き出し?作戦に味を占めた俺は、再び水の中へに潜り、そいつを誘い出す。


 先程とは打って変わって魔物どころか魚すらも全くいない。


 さっきまであれほどの量の魚がいたのに、何故こんなにも少ないのだろう?

  

 そう、疑問に思った俺は辺りを見回した。


 「うわ!ああああああああ!!!!」


 何だあれ、何だあれ、何だあれ、何だあれ!!


 水の中にも関わらず竜巻のようなものがゴーー!!と言う音を立てて魚たちの家を荒らしている。


 こちらへ向かってくる。


 「【勇者覇気】!」


 巻き込まれないよう全力で泳いだ。


 だが、竜巻の勢いはそんな俺の頑張りを踏み躙るかのように俺を丸呑みした……



 「……いっ!いてててっ……」


 目を開けると、暗い、洞窟のようなところに来ていた。

 どこだここ、と先程まで俺がとっていた行動を振り返る。


 「そうか、俺、竜巻に呑まれて」


 何故水中の奥底に引き摺り下ろされたのに、空気がある所にいるんだ?


 それにここ、魔素が、……濃すぎる。

 息苦しい。

 

 ここ、魔素以外にも、独特な空気が漂っている。


 奥の方からだろうか、異様な雰囲気を感じる。


 何故か俺は、その異様な空気に引っ張られるかのように洞窟の奥へと向かってしまった。


 「あれ、行き止まり?」


 少し進んだところで前方に壁が見えた。


 「なんだよー」

 

 踵を返そうとしたその時、突き当たりの壁、その目の前にシルバーの色をした卵を見つけた。


 「なんだ、この卵、大きくないか?」


 卵は俺の顔よりも大きい。


 「…………。」


 なんだろう、卵が、俺を呼んでいる気がする。


 気がついたら、俺は卵を手に取っていた。


 パキッパキッ……


 卵を持ち上げた瞬間、その殻が割れ始めた。


 やがて全ての殻が破れ、そこから出てきたのは……

 

 


 

 

 


 

 

 

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